☆ ☆ ☆
「そう言えば2010年のクリスマスに、ロンドンの宝石店が手作業で世界一豪華なオーナメントを作ったって。これを作った職人さんなんて生みの苦しみの極致なのかなあ。パッと見はただの丸いボールみたいなんだけどね」弘喜がテーブルに、カラー写真の開いた雑誌を置いて寄こした。 「豪華ねえ。球体のホワイトゴールドを1578個のダイヤで埋め尽くしてるなんて」美沙がため息をつく。 「その手法はパヴェセッティングと言ってフランス語で「石畳」を意味するんですよ」 そう言われてみれば本当にそんな感じがする。ダイヤモンドの石畳なんて、如何にもフランス貴族好みと言った感じだが、あまりの豪華さに目が眩みそうだ。 「メレダイヤなどの宝石を石畳のように隙間なくびっしり敷き詰めて留めるセッティング方法のことで、職人にはとても高い技術が必要とされるんです」 「球体の外側の地球独楽の様なリングには188個のルビー、その上本体には1カラットの大粒ダイヤが3粒使われているんですって」贅を凝らしたオーナメントの写真に添えられた記事を読みながら、美沙は興奮で少し顔が上気している 「その球体に雪の結晶をちりばめたのはとてもセンスが良い。オークション形式で売上の15%を自閉症患者の団体に寄付なんて、如何にもクリスマスにぴったりな話題だったことだろう」流石にその記事は知っているのだろう、記事も見ずコーヒーを飲みながら正確な情報だ。 「結局幾らで落札されたの?」「さあ、まだ落札前の記事だったのかな、ここには書いてないな」弘喜も美沙から記事を取り返して確認するが放り出した。 「幾らで落札されようと、その店にとってこの企画は、またとない宣伝の機会となった事だろうね」 叔父の言い方に、幾許かの苦々しさを感じて美沙は思わず弘喜の顔を見た。 「叔父さんはそういうのに反対なんでしょう。でも僕は大いにありかなと思ってるよ」 「私も全てに反対と言う訳ではないが、ただ宣伝の為に手塩に掛けた自分の作品をあまり見世物にはしたくないな」ゆっくりコーヒーを啜る叔父を見ながら、弘喜は募る苛立ちを隠せない。 「叔父さんの理想はとても立派だと思うよ。結局それが元で前の会社も辞めたようなものだし。でも、現実問題として理想だけじゃやっていけないじゃない。自分のネームバリューをもっと有効に利用してよ。作品一つだって、ブランドというバックボーンがあれば十倍にもそれこそ何十倍にも値が跳ね上がる、それが社会の仕組みってものでしょ」 「まあ、今はその話は置いておいて、お前も冷める前にコーヒーでも飲みなさい。今日は美沙さんにここの作品をお見せする為に来て頂いたのだから」 弘喜は少し熱くなり過ぎた自分に照れたように、はいはいとコーヒーをずずっと一気に飲み干してしまう。 「今日は叔父の秘蔵のお宝が見せて貰えるよ。普段店頭に出さないものもあるから、僕もちょっと期待しているんだ」美沙に囁く。叔父はこのまま待つようにと言い置くと、店の奥へ入っていった。
by _kyo_kyo
| 2011-05-24 23:03
| 小説
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