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夢見るダイヤモンド 16-2

途中まで自転車を漕ぎながら早まったと思う。
確かに家は意外と近い。けれど昨日の傷の疼く体での自転車はきつかった。
「バスならあっという間だったのに」と独り言を言いながらも、ここまで来たらもう行くしか無い。

あともう少しと言うところまで来て、ハタと困った。
今行くと、丁度お昼時に掛かるのではないか。
電話をしてから伺うとしても時間が悪い。何処かで時間を潰して午後からにしようか。
そう思って近所を見渡すと、ちょうど通りの向かいに喫茶店の看板が見える。あそこでお昼を食べてからにしよう。

ガラン、ドアに取り付けてあるベルがひと際大きく鳴る。いかにも牧場で牛のつけていそうなカウベルだ。
「いらっしゃいませ」カウンターと客席が数席あるだけの小さな喫茶店だ。カウンターを占めるのは常連ばかりで場違いな感じは拭えない。

「あ、そこの席どうぞ」中年の女性がいかにも手慣れた風にボックス席のお客のおじさんのコーヒーと灰皿をカウンターの隅に移動させて席を空ける。
おじさんも何の抵抗もない様で、美沙が何か言おうとするのを鷹揚にさえぎるとカウンターの馴染みと話しを続けながら水を持って後からひょこひょことついて行く。
「何になさいますか」と言いながら美沙の顔を覗き込んだママが「あらまあ」と驚いた顔をする。
「顔どうしたの、転んだ?」「ええ、ちょっと」美沙が慌てて答えると、「そりゃ可哀想に」と店の常連さん達からも声が掛かる。
「まさちゃん、そこの引き出しから消毒薬とバンドエイド持って来て」ママが声を掛けると、常連のおばさんがどれどれと言いながら店のカウンターの中に入ると手慣れた様子でバンドエイドと消毒薬を持ってきた。
美沙が恐縮していると「気にしないで、みんな結構怪我してここで薬貰ったりしてるから」と、まさちゃんと呼ばれたおばさんが声を掛かる。
「若い子が顔なんか怪我しちゃだめよ」ささっと消毒してバンドエイドまで張ってもらう。
ついさっきまでこういう雰囲気は場違いと思っていたのに、いつの間にか見知らぬ人達と仲良く話している自分を発見してしまう。
ママ特製の焼うどんは、ボリュームがある上におかかと紅ショウガがきいていて美味しい。

「その岡野さんって多恵ちゃんの家のことね」聞かれるままに当たり障りのない程度に昨日の話をするとママが言う。
「お子さんは彩乃ちゃんって名前でしたけど」「うん、多恵ちゃんの子供、彩乃ちゃんって名前だったからやっぱり間違いないわ。多恵ちゃんも彩乃ちゃんも小さい頃からよく知ってるけどみんな良い人達よ」
この時間は多分家にいるだろうという、何の根拠もない太鼓判をママに押してもらい、絆創膏のお礼を言って店を後にする。
美沙の目指す家は通りの向かいの端にあった。
by _kyo_kyo | 2012-10-26 11:59 | 小説 | Trackback
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