<   2008年 08月 ( 11 )   > この月の画像一覧

赤い月

あなたはじっと見ている

いびつに歪んだ空気の中で

肩で抗う様に息をしながら過ごす

半透明で不確かな生きものの存在を


あなたは聞いている

寝苦しい幾度もの夜に

何度も寝返りを打ちながら

発した途端に落ちて行く

溜息の消えて行くその瞬間を


何もかもあやふやな幻燈の様な世界の中で

摩天楼の様にそびえ立つ自己世界の虚しさよ

闇に潜むのは獣のような鋭い悪意と

迷路に立ち尽くしたままの淀んだ失意ばかり


手にしたグラスの

毒々しいまでに緑色をしたソーダ水の沫に

淡い色が滲んでは何度も弾けながら消えていく


ゆっくりと流れる雲の切れ間から

赤い月が顔を覗かせたかと思うと

せせら笑いを浮かべてはまた姿を隠してしまう

ソーダ水に浮かんだ氷の塊が

ゆっくり溶けながら一際高くカランと音を立てた
[PR]
by _kyo_kyo | 2008-08-31 02:30 | | Comments(2)

イメージ

振り向くと言葉を発するより先に

空気の中に溶け込んでしまう

まだ生まれてもいない言葉たちが

口の中ではじけては消えていく

メリーゴーラウンドのように

いつまでも馬は前を走る馬車に追いつくことはなく

そうして気がつけば言葉はいつも

私の中を雨のように流れ続けて絶えることも無い
[PR]
by _kyo_kyo | 2008-08-22 09:30 | 呟き | Comments(0)

真珠の気持ち  後記

今回、無事に「真珠の気持ち」を完成させることが出来ました。
コメントにも書きましたが、皆さんに感謝感謝です。

書いている間は、メイや彼、猫の伝ちゃんと共に、
楽しいひと時を過ごせました。
この続きが読みたい、という意見も頂きましたが、
私の中でこの話は完結しています。
二人はこれから先、喧嘩をしたり別れそうになったり、
もしくはひょっとしたら別れが訪れるかもしれませんが、
作者としては何とかこの先も仲良くやって行って貰いたいと思っております。

書いている間、楽しいひと時ではありましたが、
その一方では、無い頭をさかさに振ってうんうんうなるような事もありました。
最初に何も考えないまま、すらっと書き出してしまっただけに、
自分のプロットの甘さが随所に目について、後から殆ど修正ばかりしていました。

書き上げた時は、嬉しいというよりは、へとへとという感じで、
実際これを書いている間、他の方のブログを訪問する余力も殆ど無い状態。
集中している、といえば聞えは良いですが、
もう少し書くという作業に余裕がないと、私としてはダメかなあと思いました。

その一方で、純粋に何かを生み出す楽しさも十分味わっていましたので、
詩とはまた全く違った次元の楽しみにちょっと取り付かれそうな高揚感もありました。

実際、色々なバリエーションで書くというのは魅力です。
今回はハッピーエンドでしたが、もし違う宝石が関わって来たなら、
果たしてどんな結末が訪れただろうかとイメージするとわくわくします。
何時になるかは全く分かりませんが、
またこのようなものを書くことが出来たら良いなあとも思っております。
でも、本当に挫折しなかったのは、私にしたら奇跡みたいなものなんですよ~

それでは、まだまだ暑さが厳しいですが、
お互い、バテない様に水分補給しながら夏を乗り切りましょう^^


追記

今回、1話から6話までの話を一挙にまとめてみました。
下から読んで行くより読みやすいかなと思うのですが、第6章まで並ぶと却って読み辛いでしょうか。
もし何かご意見がありましたら参考にさせて下さい。
[PR]
by _kyo_kyo | 2008-08-22 09:17 | 小説 | Comments(2)

真珠の気持ち  

           1

「プレゼント何が良い?」テレビを見ているものとばかり思っていた彼が急に尋ねた。
それはメイの誕生日があと二週間後、という時のことだった。
「うん」ソファーに座っている彼の足元でくつろいでいたメイが物憂げに顔を上げる。
「もう直ぐ誕生日だろ。メイの欲しい物って分からないから、希望があったら教えてよ」
彼はそう言うとちょっと照れくさそうな顔をして言葉を続けた。
「折角だから一番欲しい物をプレゼントしてあげたいしね」
彼の手がメイの髪に触れる。
大きくて、けれど優しい手だ。メイは彼に髪を撫でられるのが好きだ。

若い頃は欲しいものがいっぱいあった。
カルチェのリング、ティファニーのネックレス、エルメスのスカーフ、ブルガリの腕時計。
思いつくまま挙げていくと幾らでも出てくる。
我ながらなんて俗物なんだろうと呆れてしまうが、25歳を過ぎた頃に急に目覚めたブランド熱は、自分でも異様だと思う程の勢いで広がっていった。

仕事は面白いけれど、こんなに毎日頑張っているのだからちょっとした贅沢くらい、と自分に言い訳をしては高額なブランド品をちょくちょくと買った。
そうすることが、更に仕事への励みにもなった。
行きつけのブッテックの店員ともすっかり顔馴染みになり、頼みもしないのにメイの好みそうなデザインが入荷すると取り置きしておいてくれることもしばしばだった。
けれど30代も終わりに差し掛かろうと言う今、憑き物が落ちたようにそういった物欲が湧かなくなってしまった。
これが歳をとると言うことなのだろうか。
それでも同じ年頃の友人達は、今でも何処そこのブランドがバーゲンだとか、今年の流行は七分丈のジャケットにダイアのピアスとか、流行の移り変わりに敏感で貪欲に買い物熱を上げている。

この歳まで独身だと、誰に気兼ねすることも無く欲しい物を自由に買う事ができる。
それが独身の特権とも言えるかもしれないが、いざ改まって何が欲しいかと聞かれてみると、とんと何も思い浮かばない。
むしろわざわざ誰かに買って貰うなんて却って面倒臭いと思ってしまう。
「あんまり欲しいものって無いみたい」メイが答えると、「そうか?」と言いながら彼が言葉を続ける。
「でも何か一つ位あるだろう、少し位高くても遠慮しなくて良いんだからさ」
「高くても平気なの?」興味本位に尋ねると、彼がちょっと決まり悪げな笑みを浮かべる。
「すごく高価なものは無理だけど、メイの喜ぶ顔が見たいしさ」

7歳年下の彼の月給が幾らなのか知らないが、今までのデートコースから推し量ってもそんなに高給取りでないことは確かだ。
彼と知り合ってからもう一年以上が経つが、はっきりと付き合い出したのは9月のメイの誕生日を大分過ぎてからだった。初めて一緒に迎えたクリスマスは、それぞれワインを持ち寄って乾杯し、レンタルビデオ屋で「クリスマスツリー」「悲しみよこんにちわ」「シャレード」など、古い映画を借りてきて映画談義に花を咲かせた。
二人とも一昔前の映画が好きで、そんな所からも共通の話題は尽きなかった。
彼からプレゼントを貰ったことは無かったし、贈ったことも無かった。彼との関係はそういうさばさばしたものだと、何となく納得していた。
それでもお世辞など到底言いそうにない彼が、本気で自分を喜ばせたいと考えてくれていると思うと心地良かった。
「分かった、考えておく」そう言うとメイはにっこり微笑んだ。

時々自分は彼とどうなりたいのだろうかと自問する。このまま結婚したいのだろうか。
答えはイエスでありノーでもある。子供だってそんなに好きではないし、今の気楽な独身生活を捨ててまで一人の男に縛られた暮らしをするなんて到底耐えられないと思う。今までも快適にやってきたし、これからだってきっとそうだろう。
それなのに、時々どうしようも無く寂しくて結婚したくなる時がある。夜中に無性に人恋しくてメールをすると、直ぐに返事が返って来てほっとする。そういう時、このまま彼と一緒になりたいと思う。
魔の刻、と自分では呼んでいる。きっとみんなこういう時に魔が差すのだろう。「絶対結婚しない」と言っていた女友達がいきなり入籍してみんなをあっと言わせることがある。自分はああはなれないと思う。
だから彼と結婚したいと思うのは、きっと自分の本心では無いに違いない。
彼だってそんなこと考えてもいないだろう。その証拠に彼から結婚なんて言葉や、この先の二人についてなんて一度も聞いた事がない。
そう思うとかぶりを振って彼のことを頭の片隅から追いやっってしまう。

            2

「遅れてごめんね」待ち合わせの喫茶店に20分遅れでメイが到着した時のことだ。「いや」読みかけの雑誌を傍らに置いたまま、彼が目線で向こうを見ろと促す。
残業の多いメイはしばしば待ち合わせに遅刻した。彼はもう慣れたもので、いつも雑誌や文庫本を読んで時間を潰して待っていてくれる。そんな事をいちいち気にしていたらメイとの付き合いは長続きしなかっただろう。
その鷹揚さもメイの気に入っているところだ。

「うん、何?」
彼の視線の先を追うと斜め前のテーブルに、若いきれいな女性がファッション誌を読んでいる姿がある。
「知り合い?」怪訝そうにメイが訊ねると、彼が慌てて言葉を続ける。
「いやそうじゃなくて、あんなネックレスはどうかなと思って」声を潜めて彼が素早く囁く。
そう言われてもう一度振り返って見ると、彼女は襟ぐりの大きく開いた薄手の濃紺のワンピースに真珠のネックレスを着けている。お揃いのピアスがふわっとした髪型に良く似合っている。
「プレゼントにどう?」彼が囁く。
「私、イミテーションだけど持ってるよ」素敵だと思いながらもそう答える。

でも、と店を出てから彼が続ける。
「メイの歳だったら一つくらい本物を持っていたほうが良い、断然様になるよ。」
「真珠のネックレスなんて高いからイミテーションで十分。それにやっぱり冠婚葬祭ってイメージがあるんだよね」メイが反対すると、
「真珠は日本女性の肌に一番良く映えるんだよ。メイは肌が綺麗だから絶対似合う。だから僕が買ってあげる」そう彼は締めくくった。

「何だか勿体無いよ」と言いながらも、今目にしたばかりの女性のネックレスが思い浮かぶ。クリーム色の肌にほんのりピンクがかった真珠が映えて、肌の美しさを一層際立たせていた。
若いのに高価なネックレスが少しも嫌味に感じられなかった。
「美人は得だよね。それに高価なアクセサリーを難なく着こなせちゃう人っているんだなあ」誰にとも無く呟くのを聞いて、メイの方がきっと良く似合うよ、これで決まりだな、と彼が笑った。
「今度の週末に一緒に見に行こうぜ」普段から割とウィンドウショッピングが嫌いではない彼は、ちょっと弾んだ声をしていた。

            3

彼からのメールで目が醒めると、外はしとしとと雨が降っていた。何時頃から降り続いていたのだろう、窓ガラスがすっかり濡れて幾重もの水滴が次々と流れては落ちて行く。
目覚ましを見ると11時を回っている。急がないとまた遅刻だ。
今から直ぐ向かう、と彼に返信しながら急いで着替えを済ませる。化粧は手馴れたもので5分も掛からない。
会社の若い同僚達が化粧に30分以上掛かると話しているのを聞く度に、何をそんなに塗りたくっているのだろうと不思議に思う。
完璧に化粧された顔は、なんだかマネキンの様でうすら寒いものを感じる。まあ、それが良いという男がいるのだから世の中なるようになっているものだ。

下に降りて行くと、父親が居間のソファーでテレビをつけっぱなしのまま居眠りをしている。足元に散らばっている新聞の上で寝ていた猫の伝が、伸びをしながらメイの足元に擦り寄って来ておはようの挨拶をする。
「伝、ごめんね、今から出かけてくるね」軽く顎を撫でてやると尻尾をぴんと上げて玄関までお見送りについて来る。
「お母さんがもう直ぐお華の稽古から戻るから、お父さんとお留守番していてね」メイの声の調子で大体のことを察するのか、にゃあと鳴くとまた居間に戻って行く。
「あんまり遅くなるなよ」熟睡しているとばかり思った父親が寝ぼけた声を上げる。
「行ってきます」玄関から答えると、ペイズリー模様の傘を掴んで急いで地下鉄へと向った。

「今日はセーフだな」約束の時間ぎりぎりに到着したメイを見て、からかうように言いながら彼が地下鉄のベンチから立ち上がる。
「いつも待たせちゃ悪いから、これでも目一杯急いだんだからね」
これから何処に行くのと尋ねるメイに、そりゃ決まってるだろと誰もが知る真珠の一流ブランド店の名が挙げられた。
デパートで見るより直接専門店で買った方が良い。そう言うと、彼は善は急げと言わんばかりに先に立って歩き始める。
「この前も言ったと思うけど、真珠ってそんなに安くないと思うよ」
今まで無縁だと思っていたからあまり気にしてはいなかったが、高級店の品がそれなりに値の張る事くらい心得ている。
「大丈夫だから任せとけ」年下の彼がずっと年上の様な錯覚に陥る。こんな感覚は嫌いじゃない。普段はべたべたしていないのに、こちらが甘えたい時には程良く甘えさせてくれる。
心の相性が良いみたいと、思わずペイズリーの傘を閉じて彼の傘を持つ腕に手を絡めたい衝動に駆られる。

ガラスの扉をくぐると店内は思ったよりずっと小じんまりとしていて、何となく『ティファニーで朝食を』の様な店内を想像していたメイは、肩すかしを食らわされたような気分だった。
真珠のネックレスなんてどこにあるのだろう。入って直ぐのショーウインドーには、銀細工や18金に真珠をあしらった手頃な価格のアクセサリーが色々と並んでいる。そうしてその奥にはルビーやサファイア等の宝石をあしらった高そうな宝飾の類が飾られているが、肝心の真珠のネックレスは殆ど見当たらない。

ちょっと途方に暮れた様な二人に、さりげなく近づいてきた年配の紳士が声を掛ける。
「何かお探しでしょうか」スーツ姿の紳士がここのスタッフと直ぐに気が付いたが、押し付けがましい所の無い物柔らかな態度に思い切ってネックレスの在処を尋ねてみる。
「それでしたら此方へどうぞ」彼は直ぐ内線を掛けると、二人を地下のフロアーへ導いた。
「下にもまだあったんだね」「ああ」互いに囁きながら地下へと足を踏み入れる。

そこは一歩ごとに沈み込む様な淡いグレーの、毛足の長い絨毯が敷きつめられた高級な雰囲気の漂う空間で、目を見張るような豪華な首飾りが一つ一つ照明の点いたガラスケースに収められていた。
それはまるで小美術館を思わせる様な雰囲気だった。
「こちらに色々と取り揃えてございますので、ご希望がありましたらお申し付け下さい」しっとりとした物腰の中年の女性スタッフが穏やかな笑顔で迎えてくれる。

それは美しい眺めだった。これからお興し入れを待つ皇女の行列ように凛とした佇まいの珠が行儀良く並んでは、一つの連なりとなり首飾りを形作っている。
メイはうっとりとしながら柔らかな光沢を放つその美しい姿に魅せられていた。
「きれい」溜息が漏れる。
それにしてもこの値段の高さといったらどうだろう、やはり自分には分不相応なのではないだろうか。彼がどんな反応をするのか振り向くのが怖いようだ。
「どう?」思い切って彼の方を見る。
彼も緊張しているのか、言葉少なになっている。
「綺麗だな」それはそうだけど、予算はどうなのよ。メイには彼の内心の葛藤が目に見えるような気がした。

「あの、済みませんがもう少し小振りの物も見せて頂けますか」
気後れしそうになりながらも、スタッフに思い切って尋ねてみる。
しかし、残念ながら先に豪華なネックレスばかり見てしまった目には、手頃な価格の品はどうしても見劣りして感じられてしまう。
とは言え、一番安いネックレスでさえ普段ならばおいそれと手が出る様な代物ではない。
「もう一度二人で検討してからまた来ますので」彼の言葉をお決まりの断り文句みたい、と思いながらも、メイはもう少し冷静にならねばと後ろ髪を引かれる気持ちを抑えつつ、彼と共に店を後にした。

             4

「とっても素敵だけど、びっくりするような値段だったね」
メイは先程見てきたばかりの真珠のネックレスに圧倒され、喫茶店でコーヒーの来るのを待ちながら思わず溜息混じりになってしまう。
「そんなにしてまで欲しいと思わないし、別にあそこのじゃなければもっと安く買えるから、やっぱりいらない」
本当は欲しくて堪らない気持ちを抑えているので、ついついぶっきら棒な口ぶりになってしまう。そんな自分を素直じゃないと思う一方で、なんて健気なんだろうと感じている。でもそれはただ単に、見栄っ張りで損な性格なだけなのかもしれない。

「あんまり高級だと勿体無くて使えなくなりそう」
メイの言葉を受けて、そうだよなと彼も頷く。
「ゼロの数が違うものな、特に最初に見たネックレスは本当に凄かったよ」
うんうん、とメイも頷く。「あんなの本当に買える人なんて世の中にいるのかな、やっぱり展示用かしらね」運ばれてきたホットをブラックのまま一口啜る。
「いくら素敵でも、もし実際にあんなのしてたらすごい嫌味だよ。買えないひがみじゃ無いけど、それこそ成金のオバサン趣味だぜ。」

彼の言うそれは特に大粒な真珠のロングネックレスで、豪華さでは他の商品を圧倒していた。留め具のクラスプは、中央でポイントとして用いる事も出来るようにわざと大ぶりに作られており、薔薇や百合の花々を模った細工が施されてあった。花びらの部分には輪郭に沿って丹念に何石ものダイヤやルビーが埋め込まれてあり、葉の部分にはエメラルドが輝いていた。
そういった豪華な宝石の中で、真珠の美しさはいささかも呑まれる事無くより一層際立っていた。

「あんなに凄いのじゃ無くても、他に見せてもらったネックレスもどれもみんな素敵だったなあ」思い出すだけで、どうしても溜息混じりになってしまう。
「最後に見た一番小振りのなら値段的に買えないことはないけれど」
でも、と彼は続ける。
「真珠は綺麗だったけど、どうせプレゼントするのならあんなに小さい粒じゃなくて、もっと見栄えのする方が良いな」見栄っ張りなんだから、と彼の言葉に笑いながらメイもやっぱり同じ気持ちだった。
「だけど真珠があんなに素敵だなんて本当に意外だった」
そう言ってメイがコーヒーにミルクを流し込むと、ミルクは湯気の立つカップの中で一筋の白い渦を描きながらゆっくりと流れて溶けていった。

             5

携帯のベルが鳴る。彼はいつもメールを先に寄こすので、こうやっていきなり掛けて来る事は滅多に無い。居間のテーブルに置いたまま青く点滅する携帯に手を伸ばすと、膝の上ですっかり寛いでいた伝が不満そうに軽く爪を出してしがみつこうとする。
「だめだよ、爪、痛いってば」メイに邪険にあしらわれて憤懣やるかたないといった鳴き声を上げると、ソファーで新聞を読んでいる父親の元に訴えに行く。

「よしよし、おねえちゃんは冷たいよな」父親は人懐っこい伝が可愛くて仕方がないから、ここぞとばかりに点数稼ぎをしている。
かく言う伝も、もう3歳になる立派な雄猫だが、去勢した為か何時までも子猫のように甘ったれなままだ。父も母も、そんな伝をまるで孫のようにベタ可愛がりしている。

「ちょっとそこまで出かけてくるね」台所で夕飯の後片付けをしている母親に声を掛ける。
「涼さんでしょ、近くまで来ているのなら折角だから上がってもらえば良いのに」
彼を気に入っている母親は寄って貰えないのが不満そうだ。
「もう遅いから良いよ。でもそう伝えておくから」

家を出ると通りの角の所に彼が立っていた。
「どうしたの急に、びっくりした」彼はちょっと話そう、と言うと先に立ってゆっくりと歩き始める。
「家にいたから良かったけれど、もし居なかったら無駄足になっちゃたじゃない」
「そしたら夜の散歩を一人で楽しめば良いだけのことさ」
自然と二人の足は近所の行きつけの24時間営業のファミレスへと向う。
平日のこの時間帯は家族連れも少なく、落ち着いて話しやすい雰囲気なので時々利用している。
「母がね、寄って貰ったら良いのにって」
うん、と彼は頷くと、それはまた別の機会にと言うと、ぐいとファミレスのドアを押した。

             6

店内を見回すと思った通りお客はまばらだった。二人はいつもの窓際の席に着くと、注文を取りに来たウエイトレスに和風ミニパフェを頼んだ。ここでは彼も甘いものを頼みやすいらしく、いつもメイと同じミニパフェを頼んでいる。
「別に急用ってほどの事ではないのだけれど、やっぱり話すなら早い方が良いかなと思ったんだ」
一体何を言い出すのかと怪訝そうな顔をしているメイに向って彼が言う。
「そろそろ今のアパートを引っ越そうと思うんだ。それで、実はもう決めてきた」

メイにとって彼の引越しはそんなに意外なことでは無く、寧ろその性急さの方に驚かされた。
「もっと条件の良い所に引っ越したいって前から言っていたものね」
そうなんだ、と彼が頷く。「前から見ていた不動産屋で偶然掘り出し物が見つかったんだ。今度の所は今までより一部屋増えてシャワー完備、その上バス停も近くて交通の便がずっと良いんだ。内装もきれいだし迷ったんだけど、他にも迷ってる人がいて返事待ちだと聞いて、もう即決するしかないと思ったんだ」
「でも良く思い切ったよね、家賃すごく高いんでしょ」
「それが当初考えていた程じゃなかったんだよ。それで、」と彼はメイの顔を見るとちょっと頭を下げる。
「今までのアパートよりメイの家からは少し遠くなっちゃうけど勘弁してくれな」
「そりゃちょっと急だからびっくりしたけど、別に会えなくなる訳じゃないし、不便と言えば不便だけれど仕方ないよ」
「良かった」メイの言葉を聞いてほっとしたように言うと、目の前に置かれていたパフェをすくってひと匙口に運ぶ。
「すっかり溶けちゃってら」彼がやっと笑う。

決してハンサムという訳ではないけれど、彼の笑顔には人を楽しくさせる魔法が仕組まれている。その笑顔を素敵だと思いながら見つめている自分がいた。
「私が怒ると思った?」
彼はちょっとばつの悪そうな顔をすると、だってさと声のトーンが少し下がった。
「相談する前に勝手に決めちゃった訳だし、機嫌損ねたらどうしようって思った」
そんなこと、と笑うメイの言葉を遮る様に更に彼は続ける。
「それに何より明後日誕生日だろ、ネックレスを買ってあげるって自分から言い出したのに、約束を守れそうにない」
「ああ」と言った瞬間、照明の下で艶やかに光る首飾りが目に浮かんだ。
欲しいと思った。身分不相応だとも思った。そうしてただ単純に、眺めていられるだけで嬉しいとも思った。それが手に入らないと分かった今、少しだけがっかりしている自分に気がついていた。
「引越しは物入りだものね、来年のプレゼントは二倍分を期待しておこう」落胆を出来るだけ声に出さないようにしながらメイが笑う。

そんなメイの様子に気が付いたのか「本当は誕生日に渡そうと思っていたけれど、やっぱり今渡したい」そう言うと、彼は小さな包みをメイの前にことりと置いた。
「開けてみて」驚いて顔を上げたメイをじっと見つめたまま彼が言う。
その箱は小さいけれど一見しただけであの店のものだと直ぐ分かった。リボンを解くのももどかしく蓋を開けると中から真珠の指輪が現れた。
ほんのりピンク色の真珠の両側に、小さなダイヤが二石あしらわれた18金の指輪だった。
「素敵」メイが口の中で呟く。

「いつか必ずこれに似合うようなネックレスをプレゼントするから、それまで待っていて欲しい」思いがけない言葉に驚くメイに更に彼が言葉を続ける。
「前に聞いていたサイズだと思うんだけど、もし合わなかったら直ぐに直してくれるそうだから」
そう言えば以前、彼がふざけてメイのリングを自分の小指に嵌めようとしながらサイズを聞いたことがあった。
彼の照れたような表情を見ながら、やっと「ばかね」と声に出して呟く。
真珠の指輪はするりとメイの薬指に収まると、テーブルの照明の元で穏やかな輝きを放った。
「ばかはないだろう」彼が思いっきり嬉しそうに笑う。
「緊張していたら何だかお腹が減っちゃったよ」メイも一緒に笑おうとするのに、なぜか少し歪んだ涙目の笑顔になってしまう。
指輪はあの店では決して高価な部類では無いのだろう。けれど引越しを決め、覚束ない予算の中で一人で店に行った彼が、スタッフに相談しながら初めてメイの為に選んでくれたものだった。

「今度の誕生日には、この指輪を嵌めて二人で最初のデートをしようよ」
そしてさ、と彼が言う。「前からずっとメイの見たがっていた映画でも観に行こうか」
「それよりも、もっとずっと行きたいところがあるの」メイが彼の言葉を遮る。
「どこよりも、涼の新しい部屋に行きたい」
メイは自分の顔を覗き込むように見つめている彼の目をとてもきれいだと思った。
「うん」ゆっくり頷くと、彼の大きな両手がメイの指輪を嵌めた手を優しく包み込んだ。



                        完             
[PR]
by _kyo_kyo | 2008-08-22 09:10 | 小説 | Comments(7)

サイレン

光が光を呼ぶ

激しく点滅するシグナル

サイレンが頭の中で木霊する

私はあなたの中に

ただひたすらに堕ちていくだけ
[PR]
by _kyo_kyo | 2008-08-13 22:50 | 呟き | Comments(0)

残酷な言葉が砕け散り

終わり無き甘えの湖に

何時までも離れられない己の未熟さを知り

白い樹肌を曝す流木のように

このまま湖の真ん中で

立ち枯れてしまいたいと望んでいる
[PR]
by _kyo_kyo | 2008-08-08 05:31 | 呟き | Comments(0)

幻燈

こっちを向いて

優しい目をして

耳を傾けているから

話して欲しい


こっちを向いて

そっと手を重ねて

想いは伝わるから

そのままでいよう


逃げたりしないで

何もしないから

怯えるのはやめて

寄り添っていよう


見知らぬ闇に閉ざされたまま

次の闇を窺い続けた

臆病な心が沁みてきて痛い


もうこれ以上闇ばかり見つめないで

何度も足元から崩れて行く世界は

崩れるそばからまた直ぐに築かれるから


不安定な白い月が

今夜もじっとこちらを見つめている

あの光をもう二度と見失わないで


夜は幻燈のように幻を描いては

次の夢に想いを繋げている

白い月に浮かび上がる想いが

走馬灯のように夜空を巡っては

ゆっくりと流れていく
[PR]
by _kyo_kyo | 2008-08-07 20:32 | | Comments(0)

ショートストーリー

今、読み物を書いてます。短編小説、ってやつですが、物語を書くのって高校生以来初めて(汗
自分で読んでてあんまり面白くない。いや、かなり詰まらないTT
せっかく書き始めたのだからなんとか最後まで書き上げたいとは思うのだけれど、大したものは書けないなあと自分にがっかり。
書きながら推敲もする訳だけど、これがまた面倒くさい。
小説を書く人って忍耐力があるなあと感心しきりです。

飽きっぽい私の性格からすると、もしかしたら途中で挫折するかも(短編なのにね!)
やっぱ、向かないかも・・・とやたら弱気な自分。
暇つぶし程度にはなるかもなので、気が向いたら読んでやって下さいませ(その前に完成させろよ、自分ってなもんです、あはは^^;(笑って誤魔化すな~~)

でも、小説ってブログとかだと読みにくいと思いませんか。
活字中毒の私が感じるんだから、結構抵抗ある人多いと思うんだけどどうかな。
それって内容にも勿論拠るところが大きいけれど、レイアウトとかも影響しているかも知れない。
短期連載形、っていうのも面白いかも。でも、ネタ切れで続かなくなった場合、すご~~く困るよね。かなりのプレッシャー?!
って事で、良い案があったら随時受付中w

なあんて、色々と考えながら書くのも新鮮で面白いです。
問題は、本当に完成しないかも、なんだけどね~~^^;
[PR]
by _kyo_kyo | 2008-08-05 06:36 | 小説 | Comments(4)

光の花の中で生まれた

夜空を彩る花の中に光が生まれ

光りの陰で闇が生まれた

煌き立つざわめきと笑顔の片隅で

闇は自分の居場所を探し求めた


大勢の歓声に怯え

赤子のように泣くことも叶わず

光を避けてただ闇雲に逃げた


夜空には大輪の光の花が

次々と開いてはあたり一面を照らし出し

闇を消し去ろうとするかのように迫り続けた


何処までも逃げ続ける闇と

それを追いかけるかの様に次々と生まれる火の花

夜空を見上げて一斉に湧き起こるどよめきの後で

言い知れぬ寂しさに襲われてしまう

心の隅に宴の後の寂しさが忍び込んで来る


お祭り気分に浮かれる人々の波に揉まれ

夜風に吹かれながら帰り支度を始める頃

闇がその傍らでそっと助けを求めるように

寄り添っていることに気付かぬまま

浮かれた足取りのまま

ゆっくりと家路を辿り始める
[PR]
by _kyo_kyo | 2008-08-02 02:15 | | Comments(2)

ぐだぐだトレイン

でこぼこ道乗り越えながら

今日もぐだぐだトレインが行くよ

青い煙吐いたり

黄色い汽笛鳴らしながら

ぐだぐだトレインは走り続けているよ

熱い太陽にジリジリと照らされながら

焼けたボディー傾けながら

今日も逞しく走り続けて行くんだ
[PR]
by _kyo_kyo | 2008-08-01 17:09 | 呟き | Comments(0)