<   2011年 04月 ( 6 )   > この月の画像一覧

夢見るダイアモンド  9-2

       ☆  ☆  ☆

急に祖母の入院が決まり、母が一人で看病すると言い出した時には皆びっくりしたものだった。兄弟で交代で看護しようと言われても、一人に看護される方が病人も気兼ねしなくて良いから、と言い張って譲らず、実際休暇を取ると自分の病院にさっさと入院させ、ひたすら毎日看護に明け暮れていった。

あの時の母の姿は、今でも克明に脳裏に焼きついている。
窓辺のベットでぼんやりと外を眺める祖母の横で、母はじっと椅子に腰を掛け、ぎこちない手つきで一心不乱に林檎の皮を剥いていた。
そんな母を見て『お祖母ちゃんの方がずっと上手く剥けるのに』と不思議に思ったものだった。
やがて小さく小さく刻まれた林檎が、ひとつまたひとつと母の手から祖母に渡されて、祖母がしゃりしゃりと咬む度に、甘ずっぱい香りが薬品臭い病室いっぱいに漂って、幼い美沙は何とも言えない気持に包まれたものだった。

やがて祖母は母の看病の甲斐あってか、とてもゆっくりとではあったが何とか元気を取り戻し始め、やがて無事に退院しすることが出来た。
母もそれまでと変わらぬ様に毎日の仕事に戻り、そうして以前と殆ど変わらぬ毎日が戻って来た。相変わらず母は家庭より仕事優先だったし、祖母は時々やって来ては「これでは美沙が可哀想だよ」と父にこぼしたりした。
それでも美沙は祖母の退院が決まった時、あの気丈な母が涙を隠す様に祖母の肩を抱いたのを見た。
祖母が母の手をやせ細った両手で拝む様に握り締めた姿もその目で見ていた。
祖母は「薫さん」と母の名を呼ぶと「ちょっと早いけど、形見と思ってお礼代わりに受け取って頂だいな」と言いながら病気で大分緩くなった為に外していた指輪を引き出しから出すとそのまま母に譲った。
母は、指輪は仕事に差し支えるからと殆ど嵌めることは無かったけれど、美沙は二人の関係がそれ以来大分穏やかなものになったことを何となく感じていた。

その祖母も今はもう何処にもいない。
いつも美沙を可愛がってくれた、優しい小さなお祖母ちゃんは、若くして亡くなったハンサムな祖父と一緒に、仲良く寄り添うように先祖のお墓に眠っていることだろう。

「そういえばお母さんに聞きたいことがあったんだっけ」電話を切ろうとする母にあわてて声をかける。
「何よ、どうせ大した用事じゃないんでしょ」何時もながら、母の愛想の無い言い方には勝てっこ無い。
「はいはい、分りました。今度行った時に聞くから良いわよ。それにしてもお母さんの患者さんって、こんなに愛想の無い看護婦が相手で本当に可哀想だよね」
「何を馬鹿言ってんじゃないわよ、私の実力と優しさに患者さん達は毎日泣いて感謝してるわよ」
母の反撃はまだまだ機関銃のように続きそうなので「じゃあ後で」とだけ言うと、さっさと電話を切ってしまった。
今頃切れた受話器を握り締めて悔しそうに唸っていることだろう。そんな母の姿を思い浮かべると可笑しい。
「いつも偉そうに威張り過ぎだよーだ」手の中にある受話器に向かってあかんべえをしてみる。
[PR]
by _kyo_kyo | 2011-04-29 18:00 | 小説 | Comments(0)

夢見るダイアモンド  9

            9

久しぶりに母親から電話が掛かってきた。
「近所でお土産に文旦を頂いたのだけれど、こんなに沢山食べきれないから取りに来て頂戴」と言う。
文旦は美沙も大好きだ。「絶対取りに行くから食べちゃわないでよ」と念押しする。

美沙の母は、個人病院の婦長でいつも忙しい。ちょっと前にはそれこそ総合病院の婦長まで勤め上げた人間だ。もう若くないから昔の様には働けない、と言いながら場所こそ違え、バリバリの現役で毎日忙しく立ち働いている。そんな母親からしたら、若い美沙が専業主婦に納まっているのがどうしても納得出来ないらしい。
「あちらじゃ子供、子供って言ってるらしいけど、出来ないものをそんなに急かしてどうしようってんだろうね」
「お前もたまには向こうのお母さんに、そんなにやいのやいのと言われたらストレスで却って出来るものも出来ません、くらい言ってやったらいいのに」などと時々とんでもない事を言ってくる。

母のこのきつい性格が義理の母である祖母に受け入れられたのは、父の世間に無頓着なところと、祖母の温厚な性格に拠る所が大きかったのであろう。母はとても優秀な看護婦ではあったけれど、あまり家庭を省みるタイプでは無かった。
祖母は美沙がまだ小学校低学年の頃にはホットケーキやドーナツを作ってくれたり、あや取りや折り紙を教えてくれたり、宿題を手伝ってくれたり、そして時々は帰宅した母と言い合いになることもあった。
そういう時はいつも祖母が穏やかな口調なのに対し、母はずけずけと随分愛想の無い受け答えをしている様に感じられた。母はお祖母ちゃんが嫌いなのかもしれない、子供心にもそう感じた。
[PR]
by _kyo_kyo | 2011-04-27 17:55 | 小説 | Comments(0)

夢見るダイアモンド  8

            8

「この前から聞こうと思っていたんだけど」
冷蔵庫を開け野菜ジュースを出しながら隆史が美沙に声を掛ける。
「ん、なに?」ベランダで紫色のラベンダーに水をやり終えて振り向くと、目の前に名刺が差し出された。
「この名刺どうしたの。「柳瀬宝飾店」前にはこんな名刺無かったね。宝飾店なんかに興味あったっけ」
隆史は野菜ジュースを二人分、背の高いグラスに注ぎ終えると、名刺をまた冷蔵庫のドアへと戻した。
「ああ、その名刺ね」美沙はサンダルを履き替えてベランダからリビングへと戻って来た。

テーブルの片隅には、美沙の愛用している時計やペンダントを入れておく擦りガラスの小鉢が置いてある。「これ、先日見せたじゃない」そう言いながら小鉢から取り上げたのは、先日購入したばかりの銀のピアスだった。
「そういえば、この前買ったって言っていたね。でも確かそれってデパートで買ったんじゃなかったっけ」まだ不審そうな隆史に「実はね」と冷えたジュースを飲みながら、改めて先日の詳しい経緯を話して聞かせた。

「そういう出会いって面白いね」
「もっと前にそんな知り合いがいるって分っていたら、婚約指輪も知り合いのよしみで安くしてくれたんじゃない?」安くてもきっと絶対手の出ない値段だろうけどね、と心の中で呟きながら「多分そうかも」と頷いてみせる。
「そんなに有名な人の作品なら、どうせならもっと高価な商品にすれば良かったのに」小さなピアスをつまむと、ぶらぶら揺らしながら隆史が言う。
「そんな高い商品、買える訳無いじゃない。これだってすごくサービスして貰ったんだからね」隆史の手からピアスを取り戻すと、さっさと自分の耳に着けてしまう。飲み干した二つのグラスをゆすぎながら隆史が言い訳めかしくぶつぶつ言う。
「折角の機会だったんだからさ、遠慮なんかしないで幾ら位か聞くだけでも聞いてみたら良かったのに」

実は美沙には婚約指輪が無い。
彼はぎりぎりまで婚約指輪をと言い張ったのだが、派手なだけで箪笥の肥やしにしかならない指輪よりは、普段から身に着けることの出来るネックレスをと言う美沙の意向で婚約指輪は取り止めとなった。本当は結婚指輪もどうしようか迷ったのだが、やはり形式上無いとまずいだろうと言う事になり、急遽ペアリングをこしらえたのだった。
そういう経緯もあって先程の隆史の発言となったわけだ。
「ごめんよ。別に悪気があって言った訳じゃないよ」隆史の困った顔を見ると、彼の気持ちが分るだけに逆に申し訳ない気持になってしまう。「ううん、私もちょっとむきになってごめん」美沙は隆史の手からグラスを受け取ると、布巾でさっと水気をふき取った。
[PR]
by _kyo_kyo | 2011-04-26 04:13 | 小説 | Comments(0)

夢見るダイアモンド  7

             7

帰りには何時ものように『ふくふく亭』へと自然と足が向かう。
「いらっしゃい」美沙はここの女将の屈託の無い笑顔が好きだ。
何だかんだと言いながらも、どんな時でも客に疲れた顔一つ見せずに忙しそうに立ち働くその姿はきりりとして同性から見てもとても美しい。
「あれから何か買ったの?」宝石ではないけれど、と美沙は柳瀬の店で銀のピアスを購入したことを話した。
「あの柳瀬さんのデザインなの、それは凄いわ」美沙がぽかんとしていると、「あの方は義理堅いから長い付き合いのこのデパートにも出店しているけれど、その世界では結構名の通った人なのよ。柳瀬さんの作品ならシルバーでも結構な値の筈だわ」
えっ、と驚くが、女将は美沙の表情には気が付かない様で「そのピアス着けたら良いじゃない」と言う。
「うん、これなんだけどね」早速包みを開けて着けてみる。
地上に落ちる寸前の少し捻りの入った雫に、お日様の光が金の放物線を描いて光を放っている、
そんなイメージのピアスは着けると耳元でさらさら揺れて尚のこと素敵だった。
「小さいのに凝っているわね。ラインがとても上品だわ」女将が感心したように言う。「きっとあなたのイメージで選んでくれたんでしょうね」美沙もやはりそうだろうな、と思う。
注文のクリームあん蜜を運んできた女将に「このピアス、信じられないくらい安くしてもらったのよ。本当に貰っちゃって良いのかな」
思わず心配そうな声で聞くと「タダじゃ無いんだし、気は心って言うじゃない、折角なんだから気持ち良く貰っておきなさいよ」と言いながら「私のはこれ」と、嬉しそうに赤珊瑚の指輪を嵌めた指を広げて見せる。
「豪華ねぇ」大振りな丸い珊瑚の台座は金で、両脇には三粒のメレダイヤがあしらわれている。
「珊瑚って海から来たのにそんなに水に強くないんだって、不思議よね」と言いながら言葉を続ける。
「真紅の物は血珊瑚と言ってすごく高価なの。これも血珊瑚だけれど『このご時世こんな大きな指輪そうそう売れるものじゃないでしょ』と言って随分と値切っちゃったわよ」お茶目な表情で自慢しても彼女の場合は少しも嫌味に感じられない。
「流石女将さん、逞しいなあ」美沙のこれまた全く嫌味の無い賞賛に、またねと片えくぼを浮かべると新たに入ってきた家族連れの案内にと足早に去っていった。


追記;他の記事が色々間にある為、大変読み難くなってしまい申し訳御座いません。
    カテゴリの小説をクリックして頂けると「夢見るダイヤモンド」がより読みやすく
    なります。
    まだまだやるせない毎日が続いておりますが少しでも皆さんが元気でいられます
    ように。そして私も一日一日を大切に生きて生きたいと思っております。
[PR]
by _kyo_kyo | 2011-04-22 05:54 | 小説 | Comments(0)

私達はそれでも

私達はそれでも歩き出さなければいけない

悲しいとか、苦しいとか、辛いとか

涙の一滴も出ない苦しみの中で

生きる望みを断ち切られた日常という

何もかもが切り取られた生活の中で

それでも再び自分の足で立ち上がり

あがいてあがいて

もがきながら

生きるすべをどうやっても

自分の腕で掴み取らなければならない


それが今もなお

死と闘い続ける大勢の仲間達への

母であり、父であり、夫であり、妻であり

娘であり、息子であり、赤子でもある

この地上のありとあらゆる命への

決して絶やしてはならない

希望のリレーの聖火なのだから


私達は諦めずに

きっとまた笑顔で

昇るお日様を見上げよう

いつかと変わらぬあの笑顔で

お日様を見上げる日の来るように

しっかりと次の世代を育んで行こう
[PR]
by _kyo_kyo | 2011-04-16 03:45 | | Comments(0)

私事です 退院後記

入院しますと先の記事で書きましたが、
4月10日に無事退院できました。

病院で私は切って終りですが、
命に関わる症状の方も勿論います。
私よりずっと若い患者さんが病と闘っている姿も拝見しましたし、
色々な患者さんがいて、本当に色々な意味でとても濃い入院生活となりました。

最高だったのは(悪い意味ですが)夜分に入院した急患さんで、
4人部屋だったのに彼氏がカーテン締め切って、
朝から晩まで一日中彼女に付き添っていちゃいちゃ(苦笑)
しかし二日目の昼時にいきなり彼の態度が豹変し、
ヤクザな口調で大声で怒鳴りながら別れ話。
全部書くと数ページには及ぶ聞くに堪えられない暴言の数々。
散々言いたい放題言いまくった挙句、またもや態度が一変して再びいちゃいちゃ(溜息)
私は二人の世界(喧嘩&いちゃちゃ)の会話に、最初は呆れ、次に怒り、
最後には腹を抱えて笑いをかみ殺しながらベットで笑い転げていました。

こいつらのせいで、同室の私達はすっかり寝不足に。
良いんですけどね、別に私が殴られた訳じゃないしw
でもカーテン越しに怒鳴ってる男に蹴りいれてやりましたですよ。
そのせいか?さっさと出て行ってくれてせいせいしました。
ドロドロの昼メロ前後編をお腹いっぱいたっぷり堪能した気分です。
しかし、彼女には子供もいるそうで、
人ごとながら二人に少しも心配されていない様なお子さんの事がすごく心配になりました。

やっと変なのが出て行って良かったね~~と、同室の子と喜びあったのもつかの間
すぐ痴呆気味のおばあさんが入室されて、
「なんでこの部屋ばっかり!」
「他の部屋も空いてるじゃないのよ」
「これって罰ゲーム?」
とか言いながら、明け方までおばあさんのうわ言に返事をしながらお守り?
おばあさん「OOちゃん、OOちゃん、どこ?」
私     「はーい、ここだよ~大丈夫だよ~」
同室の友達は子守唄を歌いだすし、いっそ朝までおばあさんの手を握っててあげようかしらと思いつつ、
記憶の無くなったのは4時過ぎ・・・良いんです、おばあさんには罪は無い。
バカップルに比べたら可愛いもんです。
しかし二夜連続ってのはきつかったです。

その後すぐにおばあさんは個室に移され、だったら最初から個室にしたら良かったのにね。
と、病院にも色々事情はあったのでしょうが、
そんなことにはお構い無しの私達は勝手な事を言ってました。

退院して、今となったらそれも良い思い出です。
今日は同室の子に会いに散歩がてら遊びに行って来ました。
きっとうるさいのがまた来たと思われたことでしょう(汗)
本当はおとなしいんですけどね。
多分、良い意味で同室の子達のパワーに釣られたんだろうな。
これからもまた絶対会おうねと、再度固い約束を交わして別れ、
とても楽しい一日でした。
[PR]
by _kyo_kyo | 2011-04-15 21:37 | 雑記 | Comments(6)