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夢見るダイアモンド 12-2

            ☆  ☆  ☆

「そう言えば2010年のクリスマスに、ロンドンの宝石店が手作業で世界一豪華なオーナメントを作ったって。これを作った職人さんなんて生みの苦しみの極致なのかなあ。パッと見はただの丸いボールみたいなんだけどね」弘喜がテーブルに、カラー写真の開いた雑誌を置いて寄こした。

「豪華ねえ。球体のホワイトゴールドを1578個のダイヤで埋め尽くしてるなんて」美沙がため息をつく。
「その手法はパヴェセッティングと言ってフランス語で「石畳」を意味するんですよ」
そう言われてみれば本当にそんな感じがする。ダイヤモンドの石畳なんて、如何にもフランス貴族好みと言った感じだが、あまりの豪華さに目が眩みそうだ。
「メレダイヤなどの宝石を石畳のように隙間なくびっしり敷き詰めて留めるセッティング方法のことで、職人にはとても高い技術が必要とされるんです」
「球体の外側の地球独楽の様なリングには188個のルビー、その上本体には1カラットの大粒ダイヤが3粒使われているんですって」贅を凝らしたオーナメントの写真に添えられた記事を読みながら、美沙は興奮で少し顔が上気している

「その球体に雪の結晶をちりばめたのはとてもセンスが良い。オークション形式で売上の15%を自閉症患者の団体に寄付なんて、如何にもクリスマスにぴったりな話題だったことだろう」流石にその記事は知っているのだろう、記事も見ずコーヒーを飲みながら正確な情報だ。
「結局幾らで落札されたの?」「さあ、まだ落札前の記事だったのかな、ここには書いてないな」弘喜も美沙から記事を取り返して確認するが放り出した。

「幾らで落札されようと、その店にとってこの企画は、またとない宣伝の機会となった事だろうね」
叔父の言い方に、幾許かの苦々しさを感じて美沙は思わず弘喜の顔を見た。
「叔父さんはそういうのに反対なんでしょう。でも僕は大いにありかなと思ってるよ」
「私も全てに反対と言う訳ではないが、ただ宣伝の為に手塩に掛けた自分の作品をあまり見世物にはしたくないな」ゆっくりコーヒーを啜る叔父を見ながら、弘喜は募る苛立ちを隠せない。
「叔父さんの理想はとても立派だと思うよ。結局それが元で前の会社も辞めたようなものだし。でも、現実問題として理想だけじゃやっていけないじゃない。自分のネームバリューをもっと有効に利用してよ。作品一つだって、ブランドというバックボーンがあれば十倍にもそれこそ何十倍にも値が跳ね上がる、それが社会の仕組みってものでしょ」

「まあ、今はその話は置いておいて、お前も冷める前にコーヒーでも飲みなさい。今日は美沙さんにここの作品をお見せする為に来て頂いたのだから」
弘喜は少し熱くなり過ぎた自分に照れたように、はいはいとコーヒーをずずっと一気に飲み干してしまう。
「今日は叔父の秘蔵のお宝が見せて貰えるよ。普段店頭に出さないものもあるから、僕もちょっと期待しているんだ」美沙に囁く。叔父はこのまま待つようにと言い置くと、店の奥へ入っていった。
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by _kyo_kyo | 2011-05-24 23:03 | 小説 | Comments(0)

夢見るダイアモンド 12

             12

「先ずはこれを見て頂きましょうか。ダイヤの原石です」
少し離れた台の上にことりと置かれた石を見て美沙は戸惑った。
手のひらに乗る位のごつごつした黒っぽい石。「えっと、この石がダイヤモンドなんですか」
穏やかな笑みが店主の顔に広がる。
「これは標本です。こんなに大きなダイヤだったら大変なことになるでしょうね。この石はキンバライト原石と言い、その先にほんの僅かに光っている部分がダイヤなんです」
「この米粒みたいなのが」思わず口にして、しまった、と顔を上げると、向こうで弘喜が笑いをかみ殺しているのが目に入る。
「そう、この米粒みたいなものが原石です」

「どの宝石もみんなロマンチックですが、ダイヤモンドには特に犯罪と陰謀の匂いがぷんぷんしますよね」美沙が言うと、
今度は弘喜も腹を抱えて笑っている。「そりゃ昔の映画の観過ぎだろう」
「ダイヤモンドは永遠に」
ぼそっと叔父が呟き、それが007の映画の題名だと気が付くまでに一瞬間があった為「世代の差を感じるなあ」と恥ずかしそうに頭を掻く。
「私も観ました。父が大ファンだったし。007って何人か代替わりしているけど、初代007が如何にもスパイっていう感じで一番好きです」
「僕も賛成。初代を演じたショーンコネリーは如何にも男のロマンを感じさせる俳優だね。007は彼以外には考えられない」弘喜が話に割り込んで来た。
「彼の後も随分と良い役者が続いているんだがね。やはりあれ程セクシーでありながらダンディーという相反する魅力を醸し出せる役者は中々いないからね。良い意味で彼の演技が余りにも強烈過ぎたね」
叔父が原石を戸棚に戻しながら感慨深そうに言う。

「正に彼は役者の中のダイヤモンドだね。一握りの選ばれた人間にしかないオーラがある。それを生かすも殺すも監督の腕次第と考えると、素材を生かすという意味では監督の仕事はかなりおこがましいけれど私の仕事とも共通するものがあるかな」
「叔父さん、昔はじっと宝石を眺めながら長いこと考え込んでいたもんね。作業中は絶対話しかけられない雰囲気で、かと言って見てる分には何時間いても決して邪険にされることも無かったな」
そんなことあったかな、と笑いながら「じっと宝石に集中しているとね、他のものは一切目に入らなくなる。この石は何に生りたいんだろう、どんな姿に生まれ変わったら一番映えるだろうと、そればかりを考えている。生みの苦しみと喜びがせめぎ合っている世界では、弘喜なんぞいてもいなくても同じ事さ」と笑い飛ばした。
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by _kyo_kyo | 2011-05-11 22:24 | 小説 | Comments(4)

夢見るダイアモンド 11

             11

二人の賑やかな笑い声は遠くまで聞こえていたようで、
店の前ではもう柳瀬の叔父が二人を出迎えてくれていた。
「今の話、叔父には内緒だよ」
美沙は勿論、と頷くと「おじゃまします」と少し緊張気味に挨拶する。

コンクリートの低い塀から零れんばかりに、
開きかかった真っ白な蕾をびっしりとつけた空木の枝が幾重にも重なる様にしな垂れ掛かっている。
店の上方に取り付けられた透かし模様の入ったお洒落な鋳物の看板が、
ここが『柳瀬宝飾店』なのだとひっそりと告げている。

「はいこれ、貰い物のお土産なんだって」叔父に文旦をぬっと差し出す柳瀬に、
「ちょっと、そういう言い方はないでしょう。ひどいんだから」美沙が睨み付ける。
「弘喜、佐伯さんに失礼じゃないか、大人気無い」
「今日はこんな所までお越し下さって有難う御座います。お待ちしていましたよ」
穏やかな店主の笑顔を見ていると、先程聞いた悲恋話が嘘のようだ。

「今日はとても楽しみにして来ました。実はぼろが出ちゃう前に告白しますけど、そんなに宝石には詳しくないんです」
「そんなこと何も気にする必要なんて無いですよ。綺麗なものを見て綺麗と感じる。美しいものを見て、美しいと感じる。ありのままの感性だけで十分です」

「今日は松本君は休みだから、万が一急な来客でもあったら弘喜に相手を頼むからな」
振り返って弘喜に言う。
「え、それは逆でしょう。店主を差し置いて僕が来客の相手なんて駄目だよ」
「私は佐伯さんの相手をするのを楽しみにしているのだから、お前は邪魔をするんじゃない」
ぴしゃりと叔父に言われて「ちぇっ」と弘喜がソファーにどかっと腰を下ろす。
「本当に、いい歳をしていつまでも子供みたいで恥ずかしいな」
追い討ちを掛けるように叔父に言われて「もう帰ろうかなあ」とぼやいている姿が可笑しい。

「コーヒーが良いですか、それとも紅茶かな」叔父の問いかけに「何もお構いなく」と答えながら店内をぐるりと見回す。
「小さな店でしょう。大抵は私一人か、手伝いの者と二人なので手狭にやって丁度良いんです。あまり小さくてがっかりさせたかな」叔父の目がきらきらと輝いている。これは自分の仕事に誇りと生き甲斐を感じている男の目だ。
コーヒーをすすりながら向かいのソファーを見ると、もう美沙には興味は無いとばかりに柳瀬が雑誌をめくっているのが癪にさわる。
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by _kyo_kyo | 2011-05-10 05:23 | 小説 | Comments(2)

夢見るダイアモンド 10-2

            ☆  ☆  ☆

「駅が近いのは便利よね」
「でも街の中心部からは結構外れているから、店としてはマイナスなんだよなあ」隣で柳瀬がぼやく。
「どうして叔父さんはそんな場所に店を構える事のしたの。叔父さんほど名の売れた人なら、いくらでも好きな場所に出店できたでしょう」

「叔父の事どこかで聞いたんだ?」
眉毛を上げ訝しがる柳瀬に「まあね」とあいまいに返事を濁す。
「どうして叔父がこんな場所に店を構えているのか、隠す様な事でもないし佐伯さんになら話しちゃおうかな」
柳瀬の思わせぶりな言葉に、思わず美沙の耳は象の耳になってしまう。

「随分昔の話なんだけれど、叔父には結婚を約束していた女性がいてね」歩きながら柳瀬が話し始める。
「当時かなりの大恋愛だったらしいんだけれど、その彼女が結婚式の数日前に何の前触れも無く失踪してしまったんだ」柳瀬の歩調に合わせて美沙も歩みを揃える。
「叔父は無論、先方も随分人を使ってあちこち探したらしいけれど何の手がかりも見つからなくて、それ以来誰とも結婚せず、当時は民家だった今の場所を一度は出たものの、後年また戻って店を構え、それ以来あそこから動こうとはしなかったんだよ」

「そんな」思わず言葉を失くす美沙に
「変な話だよね。それこそ40年も昔の話だよ」
「他に好きな男性でも出来て駆け落ちでもしたんじゃないかな。よくある話さ。若しくは何らかの事件に巻き込まれたのかも知れない。当時は色々と根も葉もない噂ばかりが飛びかい、本当の事など何も分らないまま歳月ばかりが流れて、事実は今も深い深い闇の中さ」美沙は聞き終わると重苦しい気持のまま、深いため息をついた。
「それなのに叔父さんはここにいるの。もしかして今でもその彼女がどこかで生きていて、また戻って来るかも知れないと思ってでもいるの」

柳瀬は少し困ったような表情で「さあどうかなあ、それは僕にも分らない。叔父の心の中までは覗けないからね」と言いながらじっと美沙を見た。「佐伯さんだったらどう思う」
「そんな恋愛だったら生きて成就させたいけれど、一人の男性にそんな風にずっと想われ続けるのって、女からしたら最高にロマンチックかも」呟く美沙に
「そうかな、僕だったら絶対に嫌だな。相手にずっと思い続けられていたら、安心しておちおち死んでもいられないし、あの世に行ってもゆっくり恋人も作れやしない」
柳瀬のロマンのかけらも無い発言に、二人は顔を見合わせて爆笑した。
「あーあ、叔父さんに悪いんだ!」「そういう佐伯さんのがよっぽど笑ってるよね」
「私達って、本当に叔父さんみたいなロマンチストからは程遠いね」
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by _kyo_kyo | 2011-05-07 12:56 | 小説 | Comments(6)

夢見るダイアモンド  10

              10

「へええ、これって文旦だね。珍しいなあ」
美沙が「はいっ」と差し出した手提げいっぱいの文旦を見て柳瀬は目を丸くした。
「とても大きいでしょ、すごく重かったんだからね」
だからここからは柳瀬さんが持ってね、と美沙は柳瀬に押し付けて歩き出した。
「こんなの良く売っていたね。高かったんじゃない?」
「ネタをばらすと有難みが失せちゃうけど、実を言うと母が近所でお土産に貰ったの。
貰いに行ったら山の様に置いてあったから、それならばと柳瀬さんにもお裾分け」
なあんだ、と言いながら文旦のいっぱい入った袋を軽々と持ち上げる柳瀬を見ていると、
一緒に仕事をしていたのがつい先日の事の様に思われる。

これから柳瀬の案内で、彼の叔父の店へ訪ねて行く所だった。
手ぶらでも何だし、かといって菓子折りではちょっと仰々しいし、と悩んでいた所に丁度母の文旦が舞い込んできた。
自分の好物が他の人の味覚に合うか分らないが、実際この文旦を食べたら他の柑橘類では物足りなくなってしまう程の美味しさだった。
色々種類があるらしいが昨日食べたそれは、美沙が知っている極上の味と同じだった。

「本当言うとね」「うん」「これって柳瀬さんには勿体無いって思っちゃった」
「うは、それはないんじゃない」美沙の言葉に噴き出す柳瀬に「だってとっても上品な味なんだからね。まあ、柳瀬さんも食べて良いけれど、ちゃんと叔父さんにお渡ししてよね」と釘を刺す。
「はいはい、僕は佐伯さんみたいに食い意地が張っていないから大丈夫だよ」
店はここから5分と掛からないからゆっくり歩きながら行こうと道の先を示す。
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by _kyo_kyo | 2011-05-04 08:16 | 小説 | Comments(4)