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夢見るダイアモンド 13-4

            ☆ ☆ ☆

「私には、柳瀬さんがとっても幸せに思えます」
美沙の言葉に、それまで作品を手に取って眺めていた弘喜も顔を上げた。
「一つ一つの作りが細部までとても丁寧で、素人の私にもしっかりした仕事なのが分ります。どの作品を拝見しても、それぞれに個性的なデザインで宝石がより美しく輝いていて、そんな仕事を天職となさってる柳瀬さんはとても幸せだなって感じます」
生意気言って済みません、と頭を下げながら美沙が言う。
「そうですね。自分では意識したことは無かったけれど、そう言われてみると好きな事をやって毎日暮らしているんだから、実際その通りでしょうね」
「趣味が仕事になると幸せとは言えなくなると良く言われるけれど、叔父さんの場合に限っては絶対そんな事はないものね。寧ろ仕事に没頭している時が至福の時間でしょう」半分茶化すような、けれど優しい眼差しで叔父を見つめながら弘喜が言う。

こういう関係って良いな、と思いながら美沙は弘喜と叔父を見ていた。二人のやり取りを見ていると柔らかな心地になってくる。
子供の頃何も知らずに、ただ病室で林檎を剥く母の傍に座って甘酸っぱい匂いを嗅いでいた時の心地と、何だか少しだけ似ている。
優しい色のマベパール、キラキラのエメラルド、情熱のルビーに、艶やかなオニキス。どれも皆それぞれに美しく、再び三人は大好きな玩具を与えられた子供の様に、様々な作品を前にいつまでも飽く事無く語り続けていた。
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by _kyo_kyo | 2011-06-24 15:19 | 小説 | Comments(0)

夢見るダイアモンド 13-3

           ☆ ☆ ☆

叔父の手は迷うことなく一つの包みに伸びると、中からは少し大ぶりの髪飾りが現れた。
「実は髪飾りにしたかったんだけれどブローチに変更となった品でね、これはその試作品の髪飾りの方」
大きく開かれた扇の一枚一枚が翡翠、オニキス、瑪瑙で構成され、中央にはサファイアにエメラルドをあしらった蝶が珊瑚の花に羽を休める姿が飾られている。持ち手から下がるプラチナチェーンの房の先には小粒なダイヤが幾つか揺れている。
「青い蝶を髪飾りにと随分粘ったんだが、実用的で無いとの理由で却下されてしまったんだ」叔父は懐かしそうに話す。
「後には私にも上司の判断が正しかったと納得出来たよ。髪飾りにするには余りにも高価な上に、重くて使い辛いからね」
「でも本当はやっぱり悔しかったです?」いたずらっぽい微笑を浮かべて自分の髪に当てながら訊ねると「勿論ですよ」と思った以上に力強い返事が返って来た。

「さあ、次はこれにしようか」
叔父がそう言いながら取り出したのは、一枚の木の葉を象った燻し銀のブローチだ。
「遊び半分に作ったのが結構気に入りましてね。煤けて見えますがわざとその様な色合いに仕上げてあります」
葉脈が荒く描かれ、葉の先には虫食いの痕もある。葉の上には零れそうな朝露が、やはりいぶし銀で模してある。
「面白いデザイン。葉っぱなのに随分と分厚いんですね」小さいけれどずしりと重いブローチを裏返してみる。
「洒落たデザインに飽きた頃に、今度は急に肉厚な作品が作ってみたくなって拵えた物の内の一つですよ」
弘喜も美沙からブローチを受け取ると、珍しそうに何度も裏返しながらじっくりと眺めている。
「全て銀というのは、値段の手軽さも相まって叔父の作品の中でもかなりの売れ筋なんだ。でも燻し銀でここまで無骨なのも珍しいな。特にこれは作風も地味だけれど、ぼってりした独特の味わいが良いね」
「色々な異なる素材を組み合わせていると、今度は全然反対の事がやってみたくなる。派手で洒落たものを作ると今度は朴訥とした物に心惹かれる。人の心とは面白いものだね」と言う叔父の言葉も興味深い。
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by _kyo_kyo | 2011-06-22 01:45 | 小説 | Comments(0)

母の死

私が手術を終え、退院して直ぐに待っていたのは、
重度の認知症を患って施設にいる母が、殆ど食事(ゼリー状の物)を食べ無くなった為、
胃ろうにするか、それとも自宅に引き取って看取り介護にするかの選択だった。

せめて1週間待ってとお願いして、
食べないなんて事は無いのではと毎日食事の為に通い、実際母は何とか嬉しそうに食べてくれたのだが、
施設からは、私が完食させると翌日の朝から何も食べない、
もしくは、完食しても本来の食事の半分の量なので、更にプラスアルファ食べさせることが出来ますかと言うものだった。
そして、施設では母にそんなに手を掛ける時間も無いし、何より肺炎を起す誤飲が怖い。
また、食べるのを嫌がるのに無理やり食べさせるのが職員も苦痛と言うことであった。

最初から本当は分っていた。もう選択の余地は無いのだと言うことが。
それでも心が納得出来なかった。まだ何とかならないのかと足掻いてしまった。

食べれるのに、という思いと、これ以上は施設に負担を掛けられないという思いがせめぎ合い、
それでも自宅に引き取れば数日から数週間の命と聞けば、
延命なんてと思っていた筈なのに、胃ロウの手術をお願いせざるを得なくなった。

震災で苦しむ人々を思えば、これはとても贅沢な悩みだとも思った。
それでも胃ろうにすれば長生き出来る。
実際主人の母は良いか悪いかは別として、全身不随の体でも兄弟の意思で胃ロウで今も生きながらえている。
そう思ったが手術直前の検査結果で肺炎の疑いが出て、
更に肺炎では無く結核かも言われ、もしそうならここでは治療できないので転院してもらいますと言われ、
更に数日検査があり、うつりはしないが非定型抗酸菌症という治りにくい病に冒されている事が分った。

その時点では、微熱が続く程度で、
医師からももう少し元気になったら胃ろうを作って長期療養型病院へ転院しましょうという話だった。
完治には半年は掛かると言われ、長丁場を覚悟したのだった。

母の様態はまた暫くして急変した。前回は大丈夫だったのに肺の半分が急に真っ白になったと言う事だった。
それから二三日、母は呼吸困難に陥った。連絡があった時、今すぐどうという訳ではないですがと言われた。

その数日後、どうしても一日行けず、翌日夕方6時過ぎまで母の元にいた。
もう意識は無いようだったが、何時ものように音楽をイヤホンで聞かせてあげていた。
以前は行くと、何も話せ無くても、誰か分らなくても、本当に一瞬にっこりしたものだ。
「00さんはここではちょとアイドルなんですよ」と看護婦さんの言ってくれたのが嬉しかった。

バスで家に戻って夕食の準備をと思った時に電話があった。母の様子が危ないとの事だった。
今まで、一緒にいたのにどうして、と本当に信じられない思いが一瞬身を貫いたが、
実際は少しずつ弱っていて、直ぐ後で更に急変したとの事だった。

7時前だった。何分で来られますかと聞かれ、主人が20分と答えた後、直ぐにまた電話が鳴り、
直ぐに来てください、との事だった。

幸い娘もおり、家族全員で向かうことが出来たが、病院に着いた時、母はまだ生きているように温かかったが心停止だった。
不思議と悲しみは無かった。父の時もそうだったが、長いこと辛い思いをして、やっと楽になれて良かったね、という思いだった。

看護士さんは男の方で、この方は何時もとても良くして下さって特に感謝している。
最後にその方と一緒に母のお清めをして、後から白粉と口紅を持って来てくれたので、私が白粉を、その方が仕上げに口紅をつけてくれた。
医師はとても忙しそうだったが、母の処置はとても適切だったと思っている。
もし胃ろうを作れていたら、栄養も取れたから病気に対する薬も投与出来ただろう。
でも、寧ろ胃ろうを作って痛い思いをして死なずに済んで良かったと思う事にしている。

母は5月23日に亡くなった。奇しくも娘の誕生日である。
葬儀の手続きの後、家に帰ってケーキを前に、忘れられない誕生日となったねと家族で話した。

父の亡くなった時の地獄の苦しみを思えば、今の私の心はとても安らかだ。
無論、母への仕打ちを悔やむことが無い訳ではない。寧ろ後悔は父のときよりずっと多い。
しかし、悔やんでも事態は何も変わらないのだ。
私はまだ生きている。振り返る時間はまだずっと後で良い。

PS,最後に:

介護施設で働く全ての人に、有難うの言葉を届けたい。
汚いこと、辛いこと、嫌な事、本当にいっぱいあるのに、
全部ひっくるめて、手取り足取り面倒を見て下さって、本当に有難う御座います。
自分の体を大切に、出来れば無理の無い程度に、これからも頑張って行ってください。

そして看護士の方達、
同じように嫌な事、辛い事、汚いこともいっぱいあるのに、
いつも笑顔で接して下さって本当に励まされます。
笑顔一つで患者も家族も救われるんです。
ありがとう、感謝しています。

そして医師のみなさん、今回お世話になったドクターは勿論、
厳しい現実の中で、常に死と隣り合わせの様な現場で、
真剣に取り組んで下さるその姿には頭が下がります。
本当に有難う御座います。

今回は家族葬で行ったので、親切にして下さった担当の方にも感謝です。
こじんまりとした、けれど母らしい、花いっぱいの良いお葬式となりました。

まだまだお世話になった方は果てしないくらいいっぱいで、
そして感謝したい人もいっぱいです。
全部の人にこの思いが伝わると良いな。
みんなが幸せでありますように。
そして、みんなが辛い日々を過ごしませんように。
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by _kyo_kyo | 2011-06-12 05:23 | 感謝 | Comments(4)

夢見るダイアモンド 13-2

           ☆ ☆ ☆

「こちらはぐっとシックになります。カボションカットのアメジストの指輪です」
卵形の艶やかなアメジストを両手で包み込む様に、14Kで出来た手の形の台座が添えられている。
「叔父さんもこんなシンプルな作品でも手がけるんだね」弘喜はちょっと驚いた様子だ。
「この濃く深い色合いには何も手を加える必要が感じられなくてね」
吸い込まれそうな深い紫が神秘的で『これ以上手を加えないで』と何処からともなく聞こえてきそうな指輪だ。
「艶やかな色といい、ほっこりした形といい、両手で包み込む様な台座からも宝石への愛情が感じられますね」美沙はもう薬指に嵌めてうっとりと眺めている。
「実はこれは妹に頼まれて製作したのだけれど、妹は『これを着ける度に撫でてあげたくなる』と言っていたなあ」
「そうか、これ麻理子さんの指輪なんだ」弘喜はそう言うと、美沙に説明した。
「麻理子さんって言うのは叔父さんの実の妹で、とても綺麗な人でね、子供の僕でもちゃんと一人前に扱ってくれる優しい人だったんだ。ずっと体が弱くて、若くして亡くなってしまったのだけれど、幼い僕は叔母さんが大好きだったから、亡くなった時は大層ショックだったっけ」
「そうだったんだ」美沙はしんみりとした表情で指輪をそっと叔父へ返した。
「葬儀で弘喜はワンワン泣いて、なかなか泣き止まないから皆でなだめるのが大変だったっけな」若くして亡くなった妹を偲ぶように、一瞬いとおしそうに指輪を眺めるとそのまま袋に仕舞い込んだ。
「参ったなあ、僕はそんな昔の事なんて知りませんてば。さて、次は何が出てくるかな」弘喜が照れ隠しなのだろう、叔父に大きな声を掛けた。
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by _kyo_kyo | 2011-06-08 22:25 | 小説 | Comments(0)

夢見るダイアモンド 13

           13

「叔父さんって、本当にとても欲の無い方だよね。そういう人って素敵だと思うけれどな」
二人の仲をとりなす様に言葉を繋ぐ美沙に
「確かにそれが叔父の良い所だよ。多分それって職人気質なのだろうね。叔父にとっては最低限仕事が続けられるだけ収入があれば十分なのだろうな」と言いながらも
「あれだけの才能があって業界で認められていた人物が、一番脂の乗り切った時期に引退同然に会社を辞めて辺鄙な場所で店を構えるし、それ以来何十年も前の勤め先の伝手を頼るでも無く、良くこの店が潰れないと感心するよ」とため息をつく。
「確かにそれは勿体無いね。私だってお金は無いよりはあったほうが良いもの」
「以前からのファンの人達が口コミでお客を呼んでくれて、この店を支えてくれて様なものだよ」
と言う弘喜の声が聞こえたのかどうか
「これは売る気はないからな」と言いながら叔父が手に茜色の角盆を掲げて戻って来た為、美沙は急いでテーブルを片付ける。
「ああ、佐伯さん済まないね。お前がこの位気が利かなくちゃ、本当にそんなんで営業なんて大丈夫なのか?」と何気に心配する叔父に、なに細かいこと言ってるのと笑いながら、てんで相手にしようとしない。

長方形の盆の上には小豆色のビロードに包まれた小さな包みが幾つか置かれてある。
「一つずつ見て頂きましょうか」叔父の声に黙って頷く二人だった。
「先ずこれが、自分でデザインから工程まで手がけて初めて満足のいった作品です」
小さな包みからは18Kのダイヤの指輪が転がり出た。
「指輪なのに途中からリングが鎖になってるのね。鎖がキラキラしてる」
「これは前にも見せてもらったなあ。チェーンに埋め込まれたメレダイヤがさり気無くて良いね。当時、指輪とチェーンの組み合わせが斬新で、ダイヤが使われているのにそんなに高価じゃない点でも話題になったっけ」

「そして同じシリーズで同様に製品化までこぎ着けたのが、こちらのブレスレット」
叔父の言葉と共に次の作品が取り出された。
「あ、素敵」美沙が思わず声を上げる。
18Kのひねりを入れた三つの湾曲した欠片で構成されており、その欠片の一つ一つには中央にダイヤが埋め込まれてある。その欠片と欠片の間を繋ぐのが三本の細いチェーンだ。
「指輪と重ね着けしたらすごくお洒落ですね」嬉しそうな美沙の言葉に叔父が微笑んだ。
「やっと一人前と認められた作品なので、そんな風に言って頂くと嬉しいですよ」
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by _kyo_kyo | 2011-06-04 10:03 | 小説 | Comments(0)