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夢見るダイアモンド 14-5

       ☆  ☆  ☆

「今日は悪かったね、気分を害したんじゃない?」
帰り道、黙って駅に向かって歩いていると、急に弘喜に尋ねられ慌てて現実に引き戻される。
「ううん、全然そんなんじゃないの。色々見せて頂いて凄く楽しかった。ただやっぱり自分って考えが甘いなあと思ったら余計な事まで思い出しちゃって」
そうなんだ、と言いながら、じっと美沙の顔を覗き込む。
「少しそこの喫茶店で休んで行こうか」そう言うと返事も待たずに先に立ってずんずん歩き出して行った。
赤い目を見られただろうか、恥ずかしい思いと、有り難いという思いが胸中をよぎる。

「僕はあんまり味に煩くないけれど、ここのホットは中々お勧めだよ」
向かい合わせに座った角の席は、棕櫚の葉の陰になっていてリラックス出来る。
「気を遣わせちゃってごめんね」美沙の言葉に「なんの、丁度温かいホットが飲みたくなっただけだよ」と言いながら棕櫚の葉の影から顔を出した店員に「ホット二つね」と頼む。

「さっきの事、もし気になる様なら旦那さんやお母さんに一度相談してみたら?部外者の意見として参考までに言わせて貰うなら、あれをつくり直すのは賛成だけどね。あんなこと言いながら、叔父も多分もう新しいデザインを考えていると思うんだよね」
柳瀬のさりげない言葉は、目の前のホットを飲むと同時に心のざわつきを落ち着かせてくれた。

「なんだか叔父さんと話していると色々と有り難いの。私が見過ごしていることに気付かせてくれるし、自分が甘くて自己嫌悪にもなるけど、決して悪い意味じゃないの」鼻の奥のつんとした感じが収まって、やっと思いが言葉になる。
「叔父はやっぱり商売人じゃなくって職人気質だからなあ。今日のことは別としても、結構きついことを言って昔からのお得意さんと喧嘩になることも多々あったし、その度に謝りに行くのがいつの間にか僕の役目になっちゃった。その一方で叔父をそれとなく諌めて仲直りさせたりね」
「ちっともそんな風に見えなかったよ」目を丸くする美沙に笑いながら言葉を繋ぐ。
「まあ、叔父の場合は実際きついことを言っているようで、本当は自分の利害より相手のことを考えてのが多いんだけれどね」
「うん、それは今日一日話していて良く分った。指輪の件だって、叔父さんに言われた時は恥ずかしかったけれど、あらためて亡くなった祖母のことを色々と考えてしまったわ」
「うん、ただ時として言葉が過ぎる場合があって、あれで結構頑固だしね。そういう時は営業で慣らしてる僕で役に立つこともあるからね」
柳瀬の言葉を聞きながら飲むコーヒーは、まろやかな苦味がありとても美味しかった。
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by _kyo_kyo | 2011-09-25 22:26 | 小説 | Comments(0)

枯れ井戸

蔦に覆われた枯れ井戸の

深く暗き穴に慄きつつ

くるりと踵を返すと

一目散に歩き出した


二度と振り返らないと決めたのは 

己の筈なのに

無性にあの不安と恐れに飛び込みたくなり

枯れ井戸を覗き込みたい衝動に駆られる


厚く覆う蔦の葉は

夢の中にまで侵食を始め

すっかり世界は蔦に阻まれ

立つことさえままならず 足場を失う


自分を見失いそうな覚束ない世界で

必死で掴んでいるのものは 蔦のつる 

それとも井戸のつるべ


答えは分からないけれど

もしかしたら このまま

答えなんて見つからないかも知れないけれど

この手が掴んでいるのは

きっと離してはいけないもの

二度と離してはいけないもの

そんな気がして

夢の中でもずっと右手を握りしめていた

堅く握りしめたまま夢を見ていた
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by _kyo_kyo | 2011-09-22 22:53 | | Comments(3)

あの夏の日の

私の言葉を

誰が拾うだろう


空の日差しは眩しく

心は井戸の底のように冷たく

あの時確かに感じた

懐かしさや優しさが

海辺の砂の城の様に

端から脆くも崩れながら

やがてゆっくりと消えて行く


全てが夏の太陽の日差しに

たわいも無く溶けて消えていく様に

確かにあったあの頃は

一体何処へ行ってしまったのだろう

懐かしさと寂しさが

同時に存在するこの胸の裡で

行き場の無い思いは

何処に隠れてしまったのだろう
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by _kyo_kyo | 2011-09-18 15:38 | | Comments(2)

音色

月夜の晩に拾ったのは

誰かが落とした夢の欠片

落としたあなたは泣いているの

それとも空蝉を

今もまだ彷徨い続けているの


私の拾った夢の欠片は

綺麗な音を放ち

誰の心も魅了するけれど

その音色の美しいのは

流した涙がまだずっと乾かないから


深い悲しみの海に溺れた

二枚貝の最後の吐息が

小さな欠片から響き渡る


私はじっと耳を済まし

その音色に心を溶かせている

少し物哀しいのに何故だろう

心がじんわりとほどけていくのを感じている
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by _kyo_kyo | 2011-09-17 02:08 | | Comments(4)

響くのは

響くのは 雨

闇を抱えた魂の

流す涙の 雨


濡れるのは 心

雨に打たれ

暗闇に取り残され

時計の針に刻まれた

ちっぽけな その心


誰もいない世界に

置き去りにされたように孤独で

けれど粘り強い 

雑草のような想い


信じることを忘れずに

真綿のような想いに包まれ

雨音に打たれながら

こんこんと眠り続ける 幼きその姿よ
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by _kyo_kyo | 2011-09-15 11:10 | | Comments(1)

夢見るダイアモンド 14-4

       ☆  ☆  ☆


昔、主婦は毎日井戸で何杯も水を汲んでは薪で風呂を沸かし、かまどで煮炊きをし、洗濯も全て洗濯板に石鹸を使っての手洗いだった。
霜が真っ白に降り手が真っ赤にかじかむ冬の日でも、じりじりと照りつける太陽に焼かれ倒れそうに暑い夏の日でも、毎日家族の為に煮炊きをし洗濯をする祖母の様が想像される。
若くして亡くなった祖父の褌も、赤子のオシメも祖母が毎日洗濯板でゴシゴシと洗ったことだろう。そんな働き者の太い指が、長い歳月を経て一通り重労働を終えた頃にやっと嵌めたのであろうそんな指輪だ。

昔の主婦に比べれば今の生活のなんと楽で便利なことか。しかし今の楽に慣れた生活は、もはや自分達には当たり前の日常となっている。
そんな祖母は多分自動ドアも知らなかっただろうから、誰もいないのに勝手にドアが開閉したら腰を抜かすほど驚いたことだろう。そんな祖母の姿を見られなかったのはちょっと残念だ。側にいたら「お祖母ちゃん、そんなに慌てなくって大丈夫だよ」と笑いながら、色々教えてあげられたことだろうに。

家事の負担もぐんと減った今のご時世では、結婚した女性が仕事を持つ事は決して不自然でも何でもない。寧ろ家事が楽になった分、逆に今の女性は社会に対して様々な事を要求されている様な気がする。
そう考えると子供を持たない自分が専業主婦というのはどうしても肩身が狭いのも事実だ。

「良いわね、ご主人のお給料だけでやりくり出来るなんて」と言う友人達の言葉も嫌味にしか聞こえない。
『実際そうかもしれないけどね』自虐的に心の中で呟く。
「後は早く可愛い赤ちゃんを産んで・・・」顔を合わせる度に繰り返される義母の言葉が、どれほど自分を傷つけているか本人には全く自覚も無いだろう。
『子供なんていなくたって死にゃあしないわよ』そっと毒づいてみる。
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by _kyo_kyo | 2011-09-13 05:10 | 小説 | Comments(0)

心は

心は愚かな獣

闇に彷徨い

一際高く月に向かって吼える


心は頑固な獣

血を流し傷つきながら

唯じっと耐えることを知る


心は淋しい獣

水面に映る己の姿に

何度も呼びかけてみるが

応えるのは 枯葉揺らす

凍てつく風の音ばかり
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by _kyo_kyo | 2011-09-10 22:57 | | Comments(1)

夢見るダイアモンド 14-3

       ☆  ☆  ☆

「代々贈られてきたお品ならば、このままお持ちになられた方が良いのではないですか」
暫くして顔を上げた柳瀬の叔父の、それが最初の言葉だった。
「こういった古い品を家族の思い出と共に、代々親から子へ子から孫へ伝えて行くのもなかなか良いものですよ」

美沙は顔が真っ赤になるのが分った。やはりこんな事頼むのではなかったと、恥ずかしさで居た堪れない気持でいると「でも僕は思い出を常日頃から肌身に着けていたいという感覚は理解できるし、それはそれでとても素敵な考えだと思うな」弘喜が美沙を庇う様に会話に加わってきた。
「リフォームの良いところって、古い品を新しくリメイクしてずっと使い続けられることでしょう。そうやって古い品を身近に使うことで、大切な人の思い出も忘れずにいられる。叔父さんは誰よりもそういう事を良く分っているじゃあないですか」

叔父は弘喜の言葉を聞きながら再び手にした指輪に視線をじっと戻す。
「確かにリフォームで古びた品は再び新たな命を吹き込まれて生き返る。お前の言いたい事も、美沙さんがこれを毎日使える様な品に直したいと言うのも良く分るよ。しかし一旦誰かが手を加えると、この指輪は失われて二度と取り戻せないからね。リフォームをする時は一切の後悔が残らない様に、もう一度良く考えてからの方が良いと思うんだよ」
そう言いながら指輪を美沙の方に返すと「一度自宅に戻ってじっくり考えてみて、それでもどうしてもリフォームをと思われるならいつでも構いませんからお持ち下さい。実際これは質が良いから、例えシンプルなデザインでもきっと素敵な指輪に生まれ変わるでしょう」

受け取った指輪を自分の指に嵌めてみる。祖母は確かこれを左の薬指に嵌めていた記憶がある。
左では自分の指には太すぎて抜け落ちてしまう。今のサイズなら右手の中指に丁度良い大きさだ。
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by _kyo_kyo | 2011-09-10 22:38 | 小説 | Comments(0)