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くり、有難う・・・ 飼い猫 末期 乳癌

生まれてきてくれて有難う

私の娘になってくれて有難う

甘えてくれて有難う

威張ってくれて有難う


我が家のアイドル(愛猫)くりが6月13日に永眠しました。
去年の夏に乳癌が見つかって、
それからずっと手術した方が良いのか、
病院通いをした方が良いのか、
選択に迷いに迷いながら、何もしないという道を取りました。

まだ若かったらきっと諦められなくて手術を選んだかもしれません。
でも12、3になる歳を考えると、しかも何も分からない状態の子を他人様に預けてしまうリスクを考えると、
真っ先に娘が「手術はしない」という苦渋の決断をしました。
それでも腫瘍が大きくなってきて、心配になった私達は、
他の病院にくりを連れて(セカンドオピニオン)本当に癌か確認して頂きました。
結果は案の定末期癌。

抗生剤を注射されるとき、じっとしながらも怖がるくりを見て、
何もしないという意思が更に強くなりました。
腫瘍が更に大きくなり血と膿が溢れるようになってからは、
傷口を数倍に薄めたうがい薬で消毒し、止血の為に生理用ナプキンを当てて、
キッチンペーパーと絆創膏で包み、
包帯でしっかりと固定することを出来るだけ朝晩二回行いました。

腫瘍は更に大きくなり最後には握り拳二つ分ほどに育ってしまいました。
膿も二か所から溢れ、ナプキンでは覆えなくなった為、
大人用の尿取りパットを購入してあてがいました。
これはとても優秀で、膿の匂いも漏らさず、しっかり血も膿も吸収する為、
本人へのストレスも本当に少なくて済みました。

私達への救いは、くりの内臓への転移がおそらく無かったであろうこと。
死ぬ数日前まで、良く食べ、しっかり水を飲んでいました。
ただ病気になってからは、水よりもお湯を好むようになりましたっけ。

そして母さくらがものすごい焼餅を焼く様になり、
くりを追い回すようになりました。
最後の頃にはさくらがテンカンの発作をおかしてぶっ倒れながら失禁するようになり、
病人が2匹になって神経的にこっちも疲れ果てましたっけ。
けれどさくらの気持ちも分かるので、それからは絶対怒らない、
なるべく可愛がる、を心掛けるようにしていきました。

くりは最初一人で雨の中ベランダに出ていたりして、
さくらから身を隠そうとして本当に心配でしたが、
お風呂場に移動したり、玄関に居場所を作ってあげたらそこに行くようになったりと、
なるべく私達の傍に居たがるようになってくれて安心しました。

父猫みゅうは、牛乳が大好きなのですが、
くりが先に飲みだすと、欲しそうにうろうろしながらも、
くりが飲み終わるまで絶対に飲もうとはしませんでした。

くりの症状は急に悪化しました。
無論私達が気が付かなかっただけなのかも知れませんが、
最悪安楽死まで覚悟していた私としては、
苦しまずに行けたことが本当に良かった。

二三日、食欲が落ちて、
浴びるように飲んでいた水も少ししか飲まなくなったので、
折からの暑さでばてているのか、悪化したのかと心配でしたが、
12日の夜、包帯替えの時に今までの様に立っていられなくなり、
急に横になってしまい、これは最期が近いと確信しました。
夜中に娘が、くりの手足がどんどん冷えて行くと心配して、
明け方まで付き添っていました。
早朝仕事だった私も心配になって何度も見に行き、
結局一時間しか眠れませんでした。

6時に仕事に出る時も、くりは動けず、
死の間近に迫って来ている事を確信しましたが、
2時ごろ帰って来たときはまだ息があって、
一人で行かせないですんだことを感謝しました。
指に水をつけて口に持って行っても舐めようとしないので、
半ば口をこじ開けるようにして舌に指をつけると、
ごくんと飲みこんだようでした。

そのままずっと話しかけながら、
行かないでと言っていたけれど、これではいけないと思い、
もう楽になっていいんだからねと語りかけました。
ずっとそばにいて欲しいという思いと、
楽にしてあげたいという思い。

最後に勝つのは、くりの為、ただくりが楽になれることでしょう。

傍にいるから安心してお眠り、
ずっとそばにいるから何も怖くないよ
それで、いつか、ずっと先になってもいいから、
私達の事を忘れててもいいから、
娘のところに帰っておいで
私達はずっと待っているからいつかきっと戻っておいで

くりの体は氷の様に冷たくて、
体は羽の様に軽いのにまだ命は消えていなかった。
そんな辛い思いをもうしなくていいよ。

くりは眠る様に亡くなりました。

寒くて苦しくて、怖かったろうに、
でもついていてあげることが出来て、一人ぼっちじゃなくて良かったと、
思いました。

何だか、私達の帰りを待っていた様な気がするんです。
主人と娘は間に合うことが叶いませんでしたが、
これ以上苦しみを長引かせるには忍びなかったです。

私はくりの死にざまを忘れない。
自分もあんな風に立派に死にたいと思いました。
大往生だったと思います。

それから不思議なことに、
いつもさくらに苛められているみゅうが、
一度だけ、執拗にさくらを苛めに行ったんです。

かみつくわけではないけれど、
じりじりと追いつめるように迫って、
軽くパンチを・・・
くりの死が分かって、さくらを怒っているようでした。

さくらは大人しくなり、
てんかんの発作も治まったようです。
彼女も愛情に飢えた可哀想な子なんです。

くり、さくらを許してやってね。
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by _kyo_kyo | 2014-06-27 13:51 | 感謝 | Comments(2)

夢見るダイヤモンド 16-3

突然押しかけたりしたら先方に失礼だろうか、一応電話を入れるべきだろうか。
一瞬迷ったがお詫びがてら傷の具合が聞ければそれで良いのだから、玄関先で済む事だとそのまま訪問することにした。

インターホンを押す手が心持ち緊張する。昨夜は隆史がいてくれて何もかも彼任せにしていたことに改めて気が付いた。
「はい」小さな声がして、ドアから出てきたのは意外にも学校に行っている筈の彩乃ちゃんだった。
一瞬誰か分からないという表情だったが、美沙に気が付くと直ぐに「おばあちゃん」と大きな声で家の中に取って返して行った。

「どちら様ですか」と言いながら奥から現れた老婦人に昨夜のことをかいつまんで話す。
「昨夜の事は娘から聞きましたよ。あらあら、あなたも大変だったのね。どうしましょうその顔の怪我」
そう言うと孫娘の方を振り向いて「お姉さんの顔に怪我までさせて、御免なさいは?」と叱りつける。

「私は大したことないですから。それより彩乃ちゃんの怪我は大丈夫でしたか」
慌てて美沙が遮る。
「娘が過保護なんですよ。今日だけ大事をとって休ませたんですって。
それなのに学校の役員会があるからって自分は学校なんで私がこの子とお留守番」
言いながら孫と顔を見合わせてうふふと笑う。
チャーミングなおばあさんだなあ、と彩乃ちゃんの事情も分かってほっとする。

「この顔の絆創膏、そこの喫茶店のママさんが貼ってくれたんです。実際は擦り傷なんで本当に大したことないんです」
あらまあ、と老婦人がにこっと笑顔を向ける。
「あの人お節介でしょ?でもとっても面倒見が良いの。客商売だからってのもあるかも知れないけれど、
私には損得抜きで付き合える数少ない友達の一人なのよ」

帰り道、お詫びに持って行った菓子折りの代わりに、自転車の前籠にはリンゴやグレープフルーツがどっさり積まれていた。
「これじゃあ、お詫びにならないよ」自転車を漕ぎながら呟く美沙ではあったが、
その表情は行きとまるで違って生き生きとしていた。






      ☆更新が大変遅れています、
       まだ読んで下さる方がいらっしゃったら本当に申し訳ないです。
       出来れば来年中には完成を目指します
       (本当は今年中にと言いたいのですが自信がないので)
       平にご容赦をお願い致します。

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by _kyo_kyo | 2014-06-10 19:44 | 小説 | Comments(2)