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瞳の中に住む少女

僕が初めて君を意識したのは、
学園祭の寄せ集めバンドで君が練習している姿を見た時だった。

あまりにも当たり前な出会いだ。
学年も違ったし、当然君は僕の事を知らない。
それでも僕はいつしか君の事を目で追っていた。

演奏者達はあまりにもお粗末で、君のギターもお世辞にも上手いとは言えなかった。
それでも君の歌声は僕の心を痺れさせた。
時々、君は鼻に皺を寄せてギターの弦をおぼつかなさそうにつま弾いていた。
その横顔を見ると何故か胸の奥が熱くなった。

でもそれだけの事だった。
僕はまもなく地元の大学に進学して、新しい環境の中で楽しくやっていたし、
君の事はずっと頭の片隅の更に奥の方に追いやられていた。

そんな君が、一年振りに僕の前に現れたのは、全くの不意打ちと言って良かった。
また君に会えるとは思ってもいなかったし、無論そんな期待もしていなかった。
実際、最初に会った時には直ぐに君だとは分からなかった位だ。

「音楽研究会」という怪しげな名前で活動しているサークルのドアをノックした君は、
僕の顔を見ると「入部希望者です」と言った。
「何が出来るの」と聞いたら「歌」と即答だった。
その時、あれっと思って君の顔を見た。
まじまじと君の顔を正面から見た。その時の印象を何と言い表したら良いだろう。
「もしかして中央高校出身、学園祭に出てなかった?」
僕の唐突なな質問にも全く臆することなく君は言った。
「先輩も中央高出身ですね。そうじゃないかと思いました」

え?っと僕が戸惑っていると、
「ものすごくギター上手かったですよね。学園祭の時、ずるいって思いました」
「なにそれ、どういう意味」突然の告発にただただ驚く僕に、君は更に言い放った。
「学年こそ違いますけど、アドバイス位してくれても良かったじゃないですか。あんなギターの上手い先輩がいるって学園祭の本番まで知らなくて、本当みんなで大恥かいたんですよ」
僕の出番は彼女達の直後だった。自分がエレキをガンガン弾きまくり、最後はボーカルの奴と大声を張り上げ歌いまくって、これ以上ない位気持ちの良いひとときだった。

それに比べ彼女達の演奏はどうしようもない程下手だった。
「そう言われても、下級生に勝手に教えたらそれこそお節介でしょ」そう弁解しながら、いやアドバイスもありだったかな、いや、あのレベルでは何を言っても無理だったろうし、などと考えていた。

「それにしても、大学公認の軽音学研究会があるのに、こんなサークルに入部希望とは変わってるね」
僕が言うと、ああいうのは好みじゃないから、と全く関心が無かった。あちらはきちんとした集団。悔しい事にそこそこ様になる演奏だし歌も悪くは無い。
ただ毎回何らかの催しを行っては女子の勧誘にも部活と同じくらい余念がない。

僕たちは来たい奴だけ来ればいい、そういう主義だから、当然勧誘も行っていないし、部員数も少ない。
部員が集まらなければ勝手にそれこそ一日中でも好きな楽器をいじってるだけで、何の一貫性も無い。部室も手狭で足の踏み場も無く、当然の様に女性部員もいない。

そんな話をしながら、それでもやはりこっちのが良いと言い張る君に
「やっぱり変人だ」と言うと、
「変人じゃなきゃ、普通本気でバンドなんてやってませんよね」と言われ、してやられた感じだ。
「じゃあ、来週の月曜のこの時間にまた来れる、メンバーに紹介するから」僕の言葉に君は黙って頷いた。

あれから何か月経っただろう、あの頃の君を思い出すとやっぱり変人だったよなと思う。
整った顔立ちなのに、お洒落には無頓着。化粧っ気も殆ど無い。
部員達も最初こそ久しぶりの女子部員にそわそわしたものの、やがて女子が入ったという緊張感は煙のように消え去り、寧ろ彼女はその強烈な個性で僕らの仲間となった。

僕の弾くギターを繊細と言ったかと思うと、けんの叩くドラムをご機嫌なビートと言い、
明のベースに聞き惚れ、おかっちのキーボードに合わせて自然と即興でセッションが始まる。

その代り彼女は妥協を許さない。
ここまでの演奏が出来るのに、何故そこで終わるのかと奏者に向かって平然と問い詰める。
年齢に関係なく自分の思ったことをそのままむき出しでぶつけてくる。誰にでも公平で、自分に正直なだけだ。
僕達は彼女の歌声が好きで、それ以上に千砂の才能に惚れていた。

僕は元々ギターの他にボーカルも担当していたが、千砂にメインボーカルの座を譲った。譲ったと言えば聞こえは良いが、実際はメンバー全員一致の意向でボーカルの座を滑り落ちた訳だ。
俺の味方は誰もいねえのかよと、そりゃ人間だから少し毒づいてみたり恨みがましい気持ちも無かった訳では無い。けれど圧倒的な実力の差を見せつけられては反論の仕様がないではないか。

それまでは誰ともなく詩を書いたり曲を書いて持ち寄っては演奏していたが、
いつの間にか、時々千砂の詩の弾き語りが入る様になった。
つまり千砂が詩を書いて、ギターに合わせながらそれを朗読する、
その詩を元に、みんなで曲を付けて演奏していくといった具合だ。
そしてそれは今までになく素晴らしい作品へと仕上がって行った。

千砂の詩は哀しい、その心は寂しい、けれど無限の色を持っている。それが希望だ。
こんな才能があるのかと、詩を読みながら感動と羨望に何度も心を揺さぶられた。
しかし彼女の本当の才能が開花するのは、実際にマイクを持ち観客を前にした時だ。

ライブ中の朗読の、儚げで、夢みがちな子供の様な独白。
それが、エレキが入るとまるで別人となる。
儚げな自分を丸ごと叩き壊そうとするかのように、音楽の化身へと生まれ変わる奇跡を僕達は何度目撃したことだろう。

それは蛹から蝶に脱皮する瞬間の蝶の様に、何度見ても信じられないものを見ているようで、
猛烈な嫉妬に身を焼き焦がしながら、こんな側にいながら星の様に手の届かない存在に憧れた。

君はたまに歳の離れた弟をライブに連れてくるようになった。
少年は君のステージには僕達ほど驚嘆していないように見受けられた。
それは家族という絆からくるものかもしれない。
歳が離れているにも拘らず仲の良い二人を見ていると何だか微笑ましくなった。

千砂は時々瞳にカラーコンタクトを入れ瞳を紫にした。
大学生になってから入れてると言っていたが、それはライブの時になると顕著だった。
それはそれでとても魅力的なのだが、
「目の色なんて変えなくても、そのままで千砂は何も変わらないよ」
ある日、何かの話題からおかっちがそんなことを言った。
「そうそう、そのままで千砂は最強だね」僕と明が笑いながら同調した。

そうしたら千砂は「これは私の鎧なの」と挑むように言い放った。
彼女の言葉に僕達が黙ったままでいると
「これが無いと自分が変われない気がする。そういうのに頼るのって、何か違うって分かってはいるけれど、どうしようも無いんだ」
そう呟く千砂に「まあ、多分俺の煙草よりはましだな」と自虐的に言いながらタバコに火を点けるおかっちに、みんなで笑いあった。

千砂の紫のコンタクトにそんな意味があったなんて、それまで何度もステージをやっていたのに誰も気が付かなかった。
だって君は、ステージでは誰よりも堂々として、しなやかで生き生きとしていたから。
僕達は千砂が己と一生懸命闘っている事に気が付かなかったんだ。

けれど何時からか、気が付くと彼女は紫のカラコンをやめていた。
ある日、ライトを浴びていつもなら紫に光る瞳が茶色のままなのに、異様にきらきらしていた。
あれっと思ったけれど、逆に彼女のライブはいつもにも増してエキセントリックだった。
その日の彼女は蝶でも妖精でも無く、したたかで、しなやかな一匹の獣だった。

人々はもはやじっとしていられず、腕を振ったり、中には一緒に絶叫している奴もいた。
ステージの最前列の少女は、狂ったように頭を振りながら目から透明な水をしとど流し続けたていた。
千砂は何処から出るのか分からない程の声量で会場にいる人々の魂をワシ掴みにした。
それは今までの自分達からは全く信じられない様な一夜だった。

千砂は、ついに自分達より更に一歩進んだんだ。
きっとそれがその時の僕達の正直な感想だった。
僕達は千砂に置いていかれないよう必死で狂ったように音を奏で、共に魂を解き放っていた。
終演後、物凄い疲れと一緒に、どっと様々な感情が波の様に押し寄せてきた。
そして千砂という天才と一緒にいる事への感動が溢れていた。

楽屋に戻ると皆の前で、千砂は何でも無い事の様に言った
「みんないい?このままインディーズデビューするから。このメンバーで世界をあっと言わせよう!」僕達は思わず耳を疑った。千砂にそういった話の来ている事は知っていた。けれど「千砂」じゃなくこのメンバー全員で?おいおい、正気かよ。
無論いつかはメジャーにというのが僕達の最終目的だった。けれどそれはこんなに早くとは誰も予想していなかった事だろう。

ふっ、と馬鹿にしたように笑うと「怖いの?岡田」と来たもんだ。
僕は何故かこのメンバーで唯一苗字で呼ばれている。その事をちょっと他人行儀だと思わない訳では無い。訳では無いが、何故か直接君に抗議した事は無い。
「怖い訳あるかよ、まあ、ちょっとはな」実際みんな怖くない訳ないだろうが。
小さなライブハウスを飛び出し、知らない人達にどれだけ自分達の音楽が通用するのか真っ向勝負だ。どんなに千砂が優れたボーカルと言ってもこればかりは想像もつかない。ましてや俺達も一緒となると。

君が紫の瞳という鎧を外したのは、同じ土壌に立つ俺達への思いやりなのか、
それとももう後戻りは出来ないと己へ言い聞かす為なのか。
甘い世界じゃない事は挫折していった先輩達を見送っていて良く分かっているつもりだった。
でも悔いは残したくない。それは皆も同じ気持ちだ。
「大丈夫、私が皆を見たことも無い様な世界へ連れて行ってあげるよ」
君は自分に言い聞かせるように、皆に宣言した。

「よっし、今から部室に戻って朝まで練習するか?」
「勘弁、今日くらいは風呂に入らせてくれよ」
「俺なんか昨日から寝てないような気がする」
「俺達本当にインディーズデビュー出来るのかなあ」
ライブが終わって直ぐ、ビールを浴びる程飲んでいたけんが寝ぼけた様に呟いた。
「この酔っ払い、完全に出来上がってるから置いて帰ろうぜ」
「わわ、それだけは勘弁!今度こそライブハウスへの出入り禁止になっちゃうよ」

僕達はみんな、インディーズデビュー宣言など大したことじゃないみたいに振舞っていた。
「でも、本気で考えていてね。このメンバーで売り込むこと。きちんとみんなと詳しい話を煮詰めて行きたいから、次回詳しい事を話し合おう」
おう!行こうぜ!やるぞ!
と僕達はそれぞれに千砂に勇ましく返事をしながら、
胸の中の奥深くでずっと燻っている炎を揺らしながら千砂の後ろ姿を見ていた。
四人ともそれぞれが、千砂の揺れる髪を見つめていた。




この話はずっと前に書いた「紫の瞳の千砂」の続編と思ってお読みください。
カテゴリで小説を選んでいただくと分かりやすいかと思います。
ややこしくて申し訳ありません。
2013年の3月に書いた小説(小品)ですが、
関連性を考えなくてもこれはこれで読んで頂けると思います(汗)



by _kyo_kyo | 2019-04-19 20:07 | 小説 | Comments(0)
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