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2011年 02月 17日 ( 1 )

夢見るダイアモンド  3-2

            ☆ ☆ ☆

「身内の癖に、全然商売っ気無いなあ」営業所時代の柳瀬を思い出し可笑しくなった。
普段はあまり真面目に仕事をしているように思えないのに、ここぞという時にはしっかり大口の契約を結び、成績は何時もトップだったので、何処をどうすればあんな風に成績を伸ばせるのだろうとその度に不思議に思ったものだ。
外回りで不在がちな柳瀬の代わりに、得意先からの苦情電話に頭を下げるのは営業事務の美沙の役目だった。その度に、先方は何時も口ではぼろくそに言いつつ、けれど実際には柳瀬のことをそう本気で怒っている訳でも無さそうだと感じていた。
「良くこんなに毎回怒られてて、契約打ち切られないよね」と一度皮肉交じりに言ってみたら「人徳、人徳」と済ました顔でさらりと言ってのけた。その度に、のほほんとして見える柳瀬が、実はとてもデリケートな人なのではないかしらと思ったりしたものだった。

「いらっしゃいませ」70歳位だろうか、初老の男性がショーケースを覗き込む美沙に話しかけて来た。
きっとこの人が彼の叔父さんなのだろう。そう言われてみると何となく雰囲気が似ている。
「これ素敵ですね」美沙が何気なく覗き込んだ大振りのルビーが三石並んだ指輪を
「ああ、それは」と言いながらショーケースから取り出して美沙の前に置くと言葉を続けた。
「この商品はデザインが少し古いんですよ。これだったら、寧ろこちらの方がデザインも新ししくてお買い得ですよ。」そう言いながら、今度は違う棚の商品を出して見比べるようにと美沙に言う。
「上から見たのでは分からないけれど、こうして横から眺めると古いデザインは少し高さのあるのが分かるでしょう。こういう指輪は趣味で集めているのなら良いけれど、今は流行らないし商品としての価値も低いんです。」
それに、と彼は後から出した指輪を指して言葉を続ける。
「実はこれなんか石はかなり小さいけれど、ずっと上等なルビーが使ってあるんですよ。こうして二つ並べて見ると色の違いが良く分かるでしょう」確かに二つを並べるとルビーの濃さが明らかに違う。新しい方は小さいながらもきらきらと強い輝きを放っている。
「台もプラチナなら高額だし、18金なら同じデザインでもずっと安価ですよね。でも本当は日本人の肌にはゴールドの方がしっくり馴染むと思うんです。特に若い方がすると素敵ですね。同じ金でもホワイトゴールドや18金14金10金と色合いが違い、それぞれに風情がある。だから単に値段や見栄えに捉われずに、本当に自分に似合った品をゆっくりと探すのも良いものですよ」
「気に入って購入した商品は、値段に係わらずいつまで経っても決して飽きませんからね。だから安いからと言って無理に焦って買う必要なんか無いんですよ」
成る程、柳瀬の言う通り叔父さんの店はとても良心的なようだ。良心的過ぎて、少し商売っ気の無いのが心配になるくらいだ。

違うブースでは派手に着飾った年配のご婦人方が、あれやこれやと高価な宝石をとっかえひっかえ選んでいるというのに、買うかどうかも分からぬこんな自分に一生懸命説明してくれるこの店主をとても好ましく感じた。
「今日は見るだけのつもりで来たので済みません」美沙は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえいえ」店主は真面目な顔で遮るように言うと「期間中はずっといますから、良かったらまた覗きに来て下さいね」と言いながら名刺を差し出す。
「焦らず色々な商品を見ながら、自分の好みに合った商品を探してみて下さい」
手渡された名刺には「柳瀬宝飾店 店主 柳瀬光太郎」と印刷されてあった。
「有難う御座います」美沙が言うと「指輪のサイズ直しからアクセサリーの修理、リフォームなどもやってますから、何かあったら何時でもお気軽にご相談下さい」
いかにも昔ながらの職人といった感じの彼が、日永一日机に向ってこつこつ作業する姿が容易に想像出来る。

「相談するだけならタダですから」朴訥と話す彼を見ている内に、言おうかどうしようか迷っていた言葉がぽろりと口をついて出た。
「やっぱり甥子さんと似ていますね」彼の怪訝そうな表情を見て慌てて後を続ける。
「実は私、以前同じ職場で甥子さんにお世話になっていたんです」
美沙の言葉を受けて、おやおやと言いながら彼が新ためて美沙の顔をまじまじと見つめる。
「今そこで偶然彼に再会して、こちらに叔父さんが出店なさってるってお聞きしたものですから」
「弘喜の昔の同僚の方だったんですか。それはわざわざ有難う御座います」
店主の顔に人懐っこそうな笑顔が現れる。
「弘喜さん、お店の手伝いもされているんですね」美沙の問いに「ええ、跡取りがいないもので弘喜も私が歳をとって大変だろうと気を使ってくれてましてね」
そうなんですか、と頷く美沙に「もし宜しかったら、一度弘喜と一緒に店の方にも遊びに来て下さい」
彼が更に何かを言おうとしたその時「ちょっと柳瀬さん、悪いけどこれ見せてくれるかな」顔馴染みらしい男性に呼ばれ「ちょっと行ってきますから、是非また来て下さい」と言い、一礼すると足早に去っていった。

手持ち無沙汰になった美沙は、柳瀬が戻るまであちこちのコーナーを覗いて時間を潰して回ることにした。
大抵の店は「いらっしゃいませ」と言う愛想笑いだけで終わってしまう。
美沙もこれと言って目的がある訳でもないので、ひやかしの雰囲気が敏感に店員にも伝わるのだろう。
きらびやかな宝石は分不相応な気もするし、高い金額を出してまでどうしても買いたいと思うような品もそうそう現れなかった。
それでもこうしたコーナーを覗いていると何となく気持ちが高揚してくるのを感じる。どうしてだろう、宝石には不思議な魔力が備わっている様にも思えてくるのだ。
by _kyo_kyo | 2011-02-17 00:41 | 小説 | Comments(4)