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カテゴリ:小説( 40 )

瞳の中に住む少女

僕が初めて君を意識したのは、
学園祭の寄せ集めバンドで君が練習している姿を見た時だった。

あまりにも当たり前な出会いだ。
学年も違ったし、当然君は僕の事を知らない。
それでも僕はいつしか君の事を目で追っていた。

演奏者達はあまりにもお粗末で、君のギターもお世辞にも上手いとは言えなかった。
それでも君の歌声は僕の心を痺れさせた。
時々、君は鼻に皺を寄せてギターの弦をおぼつかなさそうにつま弾いていた。
その横顔を見ると何故か胸の奥が熱くなった。

でもそれだけの事だった。
僕はまもなく地元の大学に進学して、新しい環境の中で楽しくやっていたし、
君の事はずっと頭の片隅の更に奥の方に追いやられていた。

そんな君が、一年振りに僕の前に現れたのは、全くの不意打ちと言って良かった。
また君に会えるとは思ってもいなかったし、無論そんな期待もしていなかった。
実際、最初に会った時には直ぐに君だとは分からなかった位だ。

「音楽研究会」という怪しげな名前で活動しているサークルのドアをノックした君は、
僕の顔を見ると「入部希望者です」と言った。
「何が出来るの」と聞いたら「歌」と即答だった。
その時、あれっと思って君の顔を見た。
まじまじと君の顔を正面から見た。その時の印象を何と言い表したら良いだろう。
「もしかして中央高校出身、学園祭に出てなかった?」
僕の唐突なな質問にも全く臆することなく君は言った。
「先輩も中央高出身ですね。そうじゃないかと思いました」

え?っと僕が戸惑っていると、
「ものすごくギター上手かったですよね。学園祭の時、ずるいって思いました」
「なにそれ、どういう意味」突然の告発にただただ驚く僕に、君は更に言い放った。
「学年こそ違いますけど、アドバイス位してくれても良かったじゃないですか。あんなギターの上手い先輩がいるって学園祭の本番まで知らなくて、本当みんなで大恥かいたんですよ」
僕の出番は彼女達の直後だった。自分がエレキをガンガン弾きまくり、最後はボーカルの奴と大声を張り上げ歌いまくって、これ以上ない位気持ちの良いひとときだった。

それに比べ彼女達の演奏はどうしようもない程下手だった。
「そう言われても、下級生に勝手に教えたらそれこそお節介でしょ」そう弁解しながら、いやアドバイスもありだったかな、いや、あのレベルでは何を言っても無理だったろうし、などと考えていた。

「それにしても、大学公認の軽音学研究会があるのに、こんなサークルに入部希望とは変わってるね」
僕が言うと、ああいうのは好みじゃないから、と全く関心が無かった。あちらはきちんとした集団。悔しい事にそこそこ様になる演奏だし歌も悪くは無い。
ただ毎回何らかの催しを行っては女子の勧誘にも部活と同じくらい余念がない。

僕たちは来たい奴だけ来ればいい、そういう主義だから、当然勧誘も行っていないし、部員数も少ない。
部員が集まらなければ勝手にそれこそ一日中でも好きな楽器をいじってるだけで、何の一貫性も無い。部室も手狭で足の踏み場も無く、当然の様に女性部員もいない。

そんな話をしながら、それでもやはりこっちのが良いと言い張る君に
「やっぱり変人だ」と言うと、
「変人じゃなきゃ、普通本気でバンドなんてやってませんよね」と言われ、してやられた感じだ。
「じゃあ、来週の月曜のこの時間にまた来れる、メンバーに紹介するから」僕の言葉に君は黙って頷いた。

あれから何か月経っただろう、あの頃の君を思い出すとやっぱり変人だったよなと思う。
整った顔立ちなのに、お洒落には無頓着。化粧っ気も殆ど無い。
部員達も最初こそ久しぶりの女子部員にそわそわしたものの、やがて女子が入ったという緊張感は煙のように消え去り、寧ろ彼女はその強烈な個性で僕らの仲間となった。

僕の弾くギターを繊細と言ったかと思うと、けんの叩くドラムをご機嫌なビートと言い、
明のベースに聞き惚れ、おかっちのキーボードに合わせて自然と即興でセッションが始まる。

その代り彼女は妥協を許さない。
ここまでの演奏が出来るのに、何故そこで終わるのかと奏者に向かって平然と問い詰める。
年齢に関係なく自分の思ったことをそのままむき出しでぶつけてくる。誰にでも公平で、自分に正直なだけだ。
僕達は彼女の歌声が好きで、それ以上に千砂の才能に惚れていた。

僕は元々ギターの他にボーカルも担当していたが、千砂にメインボーカルの座を譲った。譲ったと言えば聞こえは良いが、実際はメンバー全員一致の意向でボーカルの座を滑り落ちた訳だ。
俺の味方は誰もいねえのかよと、そりゃ人間だから少し毒づいてみたり恨みがましい気持ちも無かった訳では無い。けれど圧倒的な実力の差を見せつけられては反論の仕様がないではないか。

それまでは誰ともなく詩を書いたり曲を書いて持ち寄っては演奏していたが、
いつの間にか、時々千砂の詩の弾き語りが入る様になった。
つまり千砂が詩を書いて、ギターに合わせながらそれを朗読する、
その詩を元に、みんなで曲を付けて演奏していくといった具合だ。
そしてそれは今までになく素晴らしい作品へと仕上がって行った。

千砂の詩は哀しい、その心は寂しい、けれど無限の色を持っている。それが希望だ。
こんな才能があるのかと、詩を読みながら感動と羨望に何度も心を揺さぶられた。
しかし彼女の本当の才能が開花するのは、実際にマイクを持ち観客を前にした時だ。

ライブ中の朗読の、儚げで、夢みがちな子供の様な独白。
それが、エレキが入るとまるで別人となる。
儚げな自分を丸ごと叩き壊そうとするかのように、音楽の化身へと生まれ変わる奇跡を僕達は何度目撃したことだろう。

それは蛹から蝶に脱皮する瞬間の蝶の様に、何度見ても信じられないものを見ているようで、
猛烈な嫉妬に身を焼き焦がしながら、こんな側にいながら星の様に手の届かない存在に憧れた。

君はたまに歳の離れた弟をライブに連れてくるようになった。
少年は君のステージには僕達ほど驚嘆していないように見受けられた。
それは家族という絆からくるものかもしれない。
歳が離れているにも拘らず仲の良い二人を見ていると何だか微笑ましくなった。

千砂は時々瞳にカラーコンタクトを入れ瞳を紫にした。
大学生になってから入れてると言っていたが、それはライブの時になると顕著だった。
それはそれでとても魅力的なのだが、
「目の色なんて変えなくても、そのままで千砂は何も変わらないよ」
ある日、何かの話題からおかっちがそんなことを言った。
「そうそう、そのままで千砂は最強だね」僕と明が笑いながら同調した。

そうしたら千砂は「これは私の鎧なの」と挑むように言い放った。
彼女の言葉に僕達が黙ったままでいると
「これが無いと自分が変われない気がする。そういうのに頼るのって、何か違うって分かってはいるけれど、どうしようも無いんだ」
そう呟く千砂に「まあ、多分俺の煙草よりはましだな」と自虐的に言いながらタバコに火を点けるおかっちに、みんなで笑いあった。

千砂の紫のコンタクトにそんな意味があったなんて、それまで何度もステージをやっていたのに誰も気が付かなかった。
だって君は、ステージでは誰よりも堂々として、しなやかで生き生きとしていたから。
僕達は千砂が己と一生懸命闘っている事に気が付かなかったんだ。

けれど何時からか、気が付くと彼女は紫のカラコンをやめていた。
ある日、ライトを浴びていつもなら紫に光る瞳が茶色のままなのに、異様にきらきらしていた。
あれっと思ったけれど、逆に彼女のライブはいつもにも増してエキセントリックだった。
その日の彼女は蝶でも妖精でも無く、したたかで、しなやかな一匹の獣だった。

人々はもはやじっとしていられず、腕を振ったり、中には一緒に絶叫している奴もいた。
ステージの最前列の少女は、狂ったように頭を振りながら目から透明な水をしとど流し続けたていた。
千砂は何処から出るのか分からない程の声量で会場にいる人々の魂をワシ掴みにした。
それは今までの自分達からは全く信じられない様な一夜だった。

千砂は、ついに自分達より更に一歩進んだんだ。
きっとそれがその時の僕達の正直な感想だった。
僕達は千砂に置いていかれないよう必死で狂ったように音を奏で、共に魂を解き放っていた。
終演後、物凄い疲れと一緒に、どっと様々な感情が波の様に押し寄せてきた。
そして千砂という天才と一緒にいる事への感動が溢れていた。

楽屋に戻ると皆の前で、千砂は何でも無い事の様に言った
「みんないい?このままインディーズデビューするから。このメンバーで世界をあっと言わせよう!」僕達は思わず耳を疑った。千砂にそういった話の来ている事は知っていた。けれど「千砂」じゃなくこのメンバー全員で?おいおい、正気かよ。
無論いつかはメジャーにというのが僕達の最終目的だった。けれどそれはこんなに早くとは誰も予想していなかった事だろう。

ふっ、と馬鹿にしたように笑うと「怖いの?岡田」と来たもんだ。
僕は何故かこのメンバーで唯一苗字で呼ばれている。その事をちょっと他人行儀だと思わない訳では無い。訳では無いが、何故か直接君に抗議した事は無い。
「怖い訳あるかよ、まあ、ちょっとはな」実際みんな怖くない訳ないだろうが。
小さなライブハウスを飛び出し、知らない人達にどれだけ自分達の音楽が通用するのか真っ向勝負だ。どんなに千砂が優れたボーカルと言ってもこればかりは想像もつかない。ましてや俺達も一緒となると。

君が紫の瞳という鎧を外したのは、同じ土壌に立つ俺達への思いやりなのか、
それとももう後戻りは出来ないと己へ言い聞かす為なのか。
甘い世界じゃない事は挫折していった先輩達を見送っていて良く分かっているつもりだった。
でも悔いは残したくない。それは皆も同じ気持ちだ。
「大丈夫、私が皆を見たことも無い様な世界へ連れて行ってあげるよ」
君は自分に言い聞かせるように、皆に宣言した。

「よっし、今から部室に戻って朝まで練習するか?」
「勘弁、今日くらいは風呂に入らせてくれよ」
「俺なんか昨日から寝てないような気がする」
「俺達本当にインディーズデビュー出来るのかなあ」
ライブが終わって直ぐ、ビールを浴びる程飲んでいたけんが寝ぼけた様に呟いた。
「この酔っ払い、完全に出来上がってるから置いて帰ろうぜ」
「わわ、それだけは勘弁!今度こそライブハウスへの出入り禁止になっちゃうよ」

僕達はみんな、インディーズデビュー宣言など大したことじゃないみたいに振舞っていた。
「でも、本気で考えていてね。このメンバーで売り込むこと。きちんとみんなと詳しい話を煮詰めて行きたいから、次回詳しい事を話し合おう」
おう!行こうぜ!やるぞ!
と僕達はそれぞれに千砂に勇ましく返事をしながら、
胸の中の奥深くでずっと燻っている炎を揺らしながら千砂の後ろ姿を見ていた。
四人ともそれぞれが、千砂の揺れる髪を見つめていた。




この話はずっと前に書いた「紫の瞳の千砂」の続編と思ってお読みください。
カテゴリで小説を選んでいただくと分かりやすいかと思います。
ややこしくて申し訳ありません。
2013年の3月に書いた小説(小品)ですが、
関連性を考えなくてもこれはこれで読んで頂けると思います(汗)



by _kyo_kyo | 2019-04-19 20:07 | 小説 | Comments(0)

夢みるダイヤモンド 18-2

「え!そんなことを言ってきたんだ、それで叔父さん、良く教えるなんて言ったね」
叔父の話に弘樹が変に難しい顔をしている。

「何か、彼女はどうしょうもなく自分の中の情熱を持て余している、そんな感じがしてね」
叔父の言葉に「あんなに大勢の人達が弟子入りしたいと来ても全て断ってきた叔父さんがねえ」
弘樹は完全にあきれ顔だ。
「それだけ私が歳を取ったってことかねえ。でも、実際あの子の様子にただならぬ物を感じたんだよ。何かまるで追いつめられた小鳥とでも言うか・・・」

「でもそれって僕の計画は良いかも」弘樹が呟く。
「ああ?なんだって」叔父の問いに「いや何でもない、ただの独り言」と答える弘樹の横顔には何やら含むところがありそうな気配。

「でも見込みが無かったら即追い出してよね。本人に酷なだけだから」という弘樹の言葉に
「私が見込みの無さそうな人間の申し出なんぞに乗ると思うかい。最初に会った時からあの子には特別な何かがあるって感じたんだよ」
いつになく真剣な顔で話す叔父に「怖いなあ。でもそんな事言って、やっぱり見込み違いでした、何てことにならない様に祈っているよ」何とも結構興味深げな弘樹であった。

「それで、その試験ってのはいつなの?」
さあねえ、いつにしようかねえ。思った通り、叔父は何も具体的な事は考えてなさそうだ。
「だったら、その件、ちょっと僕に預けてくれないかな」
まあ良いよ、と言う呑気な叔父の返事を聞きながら、弘樹は何やら物思いに耽り出した。
by _kyo_kyo | 2015-10-08 22:39 | 小説 | Comments(0)

夢見るダイヤモンド 18

事故から一週間が過ぎ、美沙の足や腕の傷は紫色の痣になり、
結構みっともない有様になったけれど、痛みの方は随分と薄れてきた。

「痣も薄れてきてるし、もう大丈夫」
美沙は自分に言い聞かせるともなく呟いた。
実はそろそろ外に出掛けたくてうずうずしていたのだ。
そして心の中に小さなほころびを感じ始めていた。

それは日常のたわいもない不満、本当に些細な事。
けれどそれが蓄積して、自分の中で抑えようもない力で押し上げてくるのを怯えながら感じ取っていた。

「いらっしゃい」
店主の笑顔は最初に会った時と変わらず穏やかでやわらかい。
彼が、婚約者の失踪という不幸に見舞われたことなど、
弘樹から聞いていなかったら、全く想像もつかなかったことだろう。

「今日はお願いがあって参りました」美沙は神妙に切り出した。
「はい?」
今日は弘樹もいないようだ。寧ろそっちの方が都合が良いかもしれない。
「柳瀬さん、唐突なんですけれど、弟子にしてもらえませんか。私、ここで修行をして、あの指輪を自分の手でリホームしてみたいんです」

ひと息に言ってから顔がかあっと熱くなった。
馬鹿なことを言っているのは十分承知のつもりだった。

恥ずかしくて柳瀬さんの顔がまともに見れない。
けれど、意に反して落ち着いた声の返事が返ってきた。
「弟子を取るほど手広くはやっていないんですが、あなただったら良いかもしれませんね」

え、、っと息をのむ。何を言われたのか理解するまでに途方もない時間が流れて行った気がした。
実際はほんの数秒の事だろうけれど・・・。
「本当に良いんですか」
言いながら何だか自分の目が泳いでいる。
「良いも何も、あなたのその熱意は本物だと感じました。実際は少し試しに彫金の基本をやって見て、
それを見てからの本採用となりますがね」
いたずらっ子の様な顔で「あんまり不器用では困りますからね」と笑っている。

「そんなとんでもないです。ダメもとで弟子入りなんて図々しい事をお願いしました。本当に何と言ったら良いやら」
感激と緊張に涙ぐむ美沙に「まだ採用と決まった訳ではないですよ」と笑っている。

本当にこんなことってあるんだろうか。
美沙は自分で言い出した事なのに、あまりにも簡単にOKが貰えてちょっと怖気づいてしまっていた。
けれどこれでOKが貰えれば、自分の中の何かが確実に変わると確信していた。
by _kyo_kyo | 2015-10-08 22:26 | 小説 | Comments(0)

夢見るダイヤモンド 17

夕方隆史から今夜は早めに帰るから外食しようと電話があった。
美沙の怪我を労わっての事だ。
美沙は自分の擦り傷で血の滲んだ頬や顎を鏡で確認して、化粧は殆どしないまま出掛けることにした。
待ち合わせは駅の改札口。
隆史が着く時間を見計らって出掛けることにした。

ファンデーションの代わりに白粉を軽くはたいて、
薄いピンクのリップだけ塗って、さあ出掛けようと思った時、あのピアスが目に付いた。
小さな銀のピアスならば、この格好でも違和感がない。
さっと耳たぶに付けると、何となく気持ちが引き締まる。

二人が行ったのはイタリアンのレストラン、チーズの香ばしい香りが店一杯に漂っている。
「でもそのくらいで済んで良かったよ」美沙の話を聞きながら隆史がピザにかぶりつけば
「確かに、自転車も乗れるし、一応家事も出来るけど、本当は体中ギシギシ痛いんだからね」
そう言いながら美沙も負けじとペペロンチーノに舌づつみを打つ。
「だけど本当にあの子がなんともなさそうで良かった」美沙の言葉に、
「よくそんな体で行こうなんて気になったよ」とちょっと呆れ気味だ。
「まあいいじゃないの、これで私の気持ちもずっと楽になったし」
美沙の言葉に、まあそうだけどね、と隆史も相槌を打つ。

「そもそも何でこんなことになったんだか」
美沙の耳元を見ながら隆史がほざく。
「あなたが変な事を言うからじゃない。素直に話を聞いていてくれれば喧嘩もなかったし、
こんな怪我もしなかったのに」
美沙がふくれると「まあ、自業自得ってことだよね」と憎たらしい事を言う。

まあ今夜は言わせておいてあげよう。
事故の時は頼りになったし、今夜も気を使って外食に誘ってくれたんだし。
美沙は心の中でそう呟いた。
by _kyo_kyo | 2015-03-27 18:53 | 小説 | Comments(0)

夢見るダイヤモンド 16-3

突然押しかけたりしたら先方に失礼だろうか、一応電話を入れるべきだろうか。
一瞬迷ったがお詫びがてら傷の具合が聞ければそれで良いのだから、玄関先で済む事だとそのまま訪問することにした。

インターホンを押す手が心持ち緊張する。昨夜は隆史がいてくれて何もかも彼任せにしていたことに改めて気が付いた。
「はい」小さな声がして、ドアから出てきたのは意外にも学校に行っている筈の彩乃ちゃんだった。
一瞬誰か分からないという表情だったが、美沙に気が付くと直ぐに「おばあちゃん」と大きな声で家の中に取って返して行った。

「どちら様ですか」と言いながら奥から現れた老婦人に昨夜のことをかいつまんで話す。
「昨夜の事は娘から聞きましたよ。あらあら、あなたも大変だったのね。どうしましょうその顔の怪我」
そう言うと孫娘の方を振り向いて「お姉さんの顔に怪我までさせて、御免なさいは?」と叱りつける。

「私は大したことないですから。それより彩乃ちゃんの怪我は大丈夫でしたか」
慌てて美沙が遮る。
「娘が過保護なんですよ。今日だけ大事をとって休ませたんですって。
それなのに学校の役員会があるからって自分は学校なんで私がこの子とお留守番」
言いながら孫と顔を見合わせてうふふと笑う。
チャーミングなおばあさんだなあ、と彩乃ちゃんの事情も分かってほっとする。

「この顔の絆創膏、そこの喫茶店のママさんが貼ってくれたんです。実際は擦り傷なんで本当に大したことないんです」
あらまあ、と老婦人がにこっと笑顔を向ける。
「あの人お節介でしょ?でもとっても面倒見が良いの。客商売だからってのもあるかも知れないけれど、
私には損得抜きで付き合える数少ない友達の一人なのよ」

帰り道、お詫びに持って行った菓子折りの代わりに、自転車の前籠にはリンゴやグレープフルーツがどっさり積まれていた。
「これじゃあ、お詫びにならないよ」自転車を漕ぎながら呟く美沙ではあったが、
その表情は行きとまるで違って生き生きとしていた。






      ☆更新が大変遅れています、
       まだ読んで下さる方がいらっしゃったら本当に申し訳ないです。
       出来れば来年中には完成を目指します
       (本当は今年中にと言いたいのですが自信がないので)
       平にご容赦をお願い致します。

by _kyo_kyo | 2014-06-10 19:44 | 小説 | Comments(2)

紫の瞳の千砂

中学生の僕には9つ年上の姉がいる。
大学生になって本格的にバンド活動を始めて、
ある時、千砂の目は紫になった。

両親は趣味が悪いと言って止めさせたがったが、
いつもは我を張らない千砂がこれだけは頑として譲らなかった。
カラーコンタクトと分かってはいても、
紫の瞳はちょっとカッコイイと憧れた。

色白で整った顔立ちの千砂は素顔でもとても目立つ。
時々千砂の女友達が遊びに来て、
僕を見て「ちっとも似ていないね」と笑う。
全く失礼な連中だ。
僕達が似ていようが無かろうが何の関係もない。
そもそも千砂と僕が似ている訳がないのだ。
だって千砂とは血が繋がっていないのだから。

僕が小学校に入学する前の年に母が再婚した。
不思議と再婚した時のことは記憶に無く、
覚えているのは小学校に入学して、
登校の集合場所まで連れて行ってくれた時の千砂の手だ。
白く細い指で僕の手をしっかり握ってくれて、
照れ臭かったけれど嬉しかった。

幸か不幸か、元々父の記憶の無かった僕は、
新しい父や姉を抵抗無く受け入れられたようだ。
幼い僕は、いつも明るくて楽しい背の高い父や、
綺麗で優しい姉の出来たことが、ただ嬉しかった。

そんな姉も最近では少しずつ自分だけの世界を作り、
僕には不思議な世界の人間の様に感じられることが多くなった。
「まあちゃん」千砂はいつも僕の事をそう呼ぶ。
「この歌どう思う」フォークギター片手にいつも宿題の邪魔をしに来ては、
気怠い旋律をつま弾きながらギターの音色と絡み合うように歌う。
歌い終わると満足するのか、こちらが何も言わないうちにまた出て行く。
そんな時、千砂はまたあちら側の世界に行っているんだと思う。

僕は千砂の歌声が好きだ。
でもそんな事、本人の前では絶対口に出来ない。
そういうのは家族でも口にしたらとても恥ずかしいと思う。
けれど父は「千砂の歌声は綺麗だなあ」と何度も言う。
母も「千砂ちゃんの歌声は本当に素敵ねえ」と言う。
だから千砂は、益々見知らぬ世界の住人になって行くような気がする。

土曜に千砂が「ちょっと今夜つきあってよ」と言った。
「いったい何」と聞くと、行先は両親には内緒だと言う。
バンドがライブハウスに出ることになったので、そこで歌うのだ。

無論中学生の出入り出来るような場所じゃないだろう。
ろくに覚えてもいない校則手帳を頭の中でぱらぱらとめくってみる。
きっと学校に見つかったら大変だ。
補導、停学、の文字が頭に浮かび、
僕はわくわくしながらその場で「行く」と即答した。

僕は今までこんなにわくわくしたことは無かったんじゃないだろうか。
サッカーの試合に勝っても、テストで100点取っても、
こんなにはわくわくしなかったと思う。
千砂は準備があるから早めに家を出ると言う。
時間になったらメールするから、外で落ち合って一緒に入れば問題はないと言う。

本当に問題ないだろうか。
僕はメールを待つ間、密かに変装の準備をした。
マスクとニット帽とマフラー、それに姉の部屋で見つけたサングラス。
それらをまとめて台所にあった紙袋に入れると水道の蛇口から水を飲んだ。
母に聞かれたらどうしようと思ったが、
友達の家に行くと言ってあるので気にしていないみたいだ。
ほっとしたけれど、ちょっとがっかりしている自分もいた。

ライブハウスの会場は、
大学生や高校生くらいの若い子で少し込み合っていた。
僕もその中に埋もれたらあまり目立たないかも知れない。
指定された場所に立っていたら、同じ様な格好の千砂がいた。

一瞬、お互い誰か分からなくて、次の瞬間吹き出した。
笑いながら大きな声で「ダサい」と言われた。
千砂はマフラーじゃなくてスカーフだが、
僕と大して変わらないと思う。
「そっちのがずっとダサい」と言い返したら、
「これはステージ衣装なの」と睨まれた。

「今夜は4組出るから最後までいないとダメだからね」と念押しされたが、
結局最後に出るという事なんだろう。
小さなライブ会場で、みんな立ったままオレンジジュースやビールを飲んでいた。
僕はカウンター横の柱にもたれたまま、
興味の無い歌を聴きながらぼんやりとミネラルウォーターを飲んだ。

女の子達は時々黄色い声で誰かの名前を叫んだ。
みんな笑ったり、喋ったり、叫んだりしていた。
僕も少しみんなの熱気にあてられて、だんだん頭がぼうっとして来た。

もしお酒を飲むとしたらこんな感じだろうか。
少し気怠くて心地良い。
さっきまで暇を持て余していたのが嘘の様に、
楽器の音がビンビンと全身に響いて、
僕は尖がった三角定規になって行く。
音はお腹にまでズンズンと響き渡るが
お腹を叩かれるのとは違う気持ち良さがある。

突然賑やかしかった照明が消え、
スッポッとライトの真ん中に千砂の姿が浮かんだ。
バンドと聞いていたのに、そこには千砂とギターの男性しかいない。
しかも二人とも椅子に腰かけている。
ギターの人は、千砂が僕の部屋で弾いていた、
気怠い様な不思議な曲をもっとずっとゆっくり弾いた。

そして千砂は語り始めた。

花の色や、風の匂い
銀色に光る鱗雲や
薔薇色に煙る夕日
無限に寄せては返す波の音や
カモメの飛び交う空の広さ
畑の土の温もりや
そこに生きる虫達の存在
やがては散るように消えて行く命の儚さ

ギターのリズムが揺れるように、
千砂の魂も揺れているようだった。

会場がすっかりしんとなると、
次の瞬間千砂とギタリストが立ち上がり、
バンドメンバーが入って来てスタンバイする。
照明が変わり、千砂の長い髪はライトを受け、
ぱあっと燃えるようなオレンジに染まった。
僕はその時、千砂の唇に真っ赤なルージュの引かれているのに気付いた。
千砂は不思議の世界の扉を開いていたのだ。

独白から一転して、
エレキとベースにドラムの激しいサウンドが巻き起こる。
千砂はスカーフをなびかせながら、
音の渦の中、疲れを知らぬ紫の瞳の妖精のように歌い叫び舞った。

小さな会場を、所狭しと歌い続けるその姿は眩しくて、
ふわふわした髪をライトで七色に染めながら、
千砂は時には声を絞り出すように体中で歌い叫んだ。

それは僕の知る千砂とはまるっきり別人だった。
いつの間にか皆が「ちさ」と叫んでいた。
僕も叫んだ。
千砂がこっちを見て笑った様な気がした。
人波に押されて、少しミネラルウォーターが毀れてしまった。

帰り道、千砂の隣を歩きながら、
僕は静かに興奮していた。
千砂からは汗に交じって良い匂いがしていた。

「まあちゃん、今夜どうだった」
聞かれて僕は「まあ良いんじゃない」と答えた。
本当は最高だったと言いたいのに、照れが邪魔をした。
隣を歩いていても、もう小学1年生の頃のように手をつなぐ事も無い。

「プロになるの」尋ねると千砂は黙ったままだった。
何かまずい事を言ったのかと恐る恐る千砂の方を見ると、
いきなり振り向いて「気持ちはプロのつもりだよ」と照れ臭そうに笑った。

僕を真っ直ぐ見つめる紫の瞳が、街灯の明かりの中ですみれ色に煌めいた。
化粧を落とし口紅もしていないのに、その瞳に吸い込まれそうだった。

「お母さん達にはまだ内緒だけど、そのうち一人暮らしをしようと思うんだ」
そっか、と相槌を打ちながら、
もう誰も千砂をこちら側に引き止めてはおけないんだと思うと少し寂しかった。
「そうなったらまあちゃん、きっと遊びにおいでね」
そんな僕の気持ちを読み取ったかのように、そう千砂は言葉を添えた。

街灯の続く道は千砂をそのまま不思議の世界へと導く様で、
僕はただ黙って千砂の横を歩きながら、
そう遠くない未来のことを考えていた。
僕の知らない不思議の国の住人の紫の瞳の千砂。

「成功するといいね」僕が言うと、
「うん、夢は叶える為にあるんだ」
そう言いながら僕の持って来た紙袋を取り上げてぶんぶん振り回す。
「挫けそうになったらそう思うことにしようって決めた」
きっと成功するよ、僕は心の中で太鼓判を押した。

ひょいと紙袋からニット帽を取り出すと、
「今夜は有難う」と言いながら、
思いっきり僕の目までニット帽を被せると、
「駅まで競争!」と言うなり走り出した。

僕はあわてて帽子を目蓋までたくし上げると、
「ずるいよ」と叫ぶと、
千砂の背中を追いかけて走り始めた。



by _kyo_kyo | 2013-03-11 00:52 | 小説 | Comments(6)

夢見るダイヤモンド 16-2

途中まで自転車を漕ぎながら早まったと思う。
確かに家は意外と近い。けれど昨日の傷の疼く体での自転車はきつかった。
「バスならあっという間だったのに」と独り言を言いながらも、ここまで来たらもう行くしか無い。

あともう少しと言うところまで来て、ハタと困った。
今行くと、丁度お昼時に掛かるのではないか。
電話をしてから伺うとしても時間が悪い。何処かで時間を潰して午後からにしようか。
そう思って近所を見渡すと、ちょうど通りの向かいに喫茶店の看板が見える。あそこでお昼を食べてからにしよう。

ガラン、ドアに取り付けてあるベルがひと際大きく鳴る。いかにも牧場で牛のつけていそうなカウベルだ。
「いらっしゃいませ」カウンターと客席が数席あるだけの小さな喫茶店だ。カウンターを占めるのは常連ばかりで場違いな感じは拭えない。

「あ、そこの席どうぞ」中年の女性がいかにも手慣れた風にボックス席のお客のおじさんのコーヒーと灰皿をカウンターの隅に移動させて席を空ける。
おじさんも何の抵抗もない様で、美沙が何か言おうとするのを鷹揚にさえぎるとカウンターの馴染みと話しを続けながら水を持って後からひょこひょことついて行く。
「何になさいますか」と言いながら美沙の顔を覗き込んだママが「あらまあ」と驚いた顔をする。
「顔どうしたの、転んだ?」「ええ、ちょっと」美沙が慌てて答えると、「そりゃ可哀想に」と店の常連さん達からも声が掛かる。
「まさちゃん、そこの引き出しから消毒薬とバンドエイド持って来て」ママが声を掛けると、常連のおばさんがどれどれと言いながら店のカウンターの中に入ると手慣れた様子でバンドエイドと消毒薬を持ってきた。
美沙が恐縮していると「気にしないで、みんな結構怪我してここで薬貰ったりしてるから」と、まさちゃんと呼ばれたおばさんが声を掛かる。
「若い子が顔なんか怪我しちゃだめよ」ささっと消毒してバンドエイドまで張ってもらう。
ついさっきまでこういう雰囲気は場違いと思っていたのに、いつの間にか見知らぬ人達と仲良く話している自分を発見してしまう。
ママ特製の焼うどんは、ボリュームがある上におかかと紅ショウガがきいていて美味しい。

「その岡野さんって多恵ちゃんの家のことね」聞かれるままに当たり障りのない程度に昨日の話をするとママが言う。
「お子さんは彩乃ちゃんって名前でしたけど」「うん、多恵ちゃんの子供、彩乃ちゃんって名前だったからやっぱり間違いないわ。多恵ちゃんも彩乃ちゃんも小さい頃からよく知ってるけどみんな良い人達よ」
この時間は多分家にいるだろうという、何の根拠もない太鼓判をママに押してもらい、絆創膏のお礼を言って店を後にする。
美沙の目指す家は通りの向かいの端にあった。
by _kyo_kyo | 2012-10-26 11:59 | 小説 | Comments(0)

夢見るダイヤモンド 16

朝の日差しが眩しい。
隆史は先に起きて会社に行ったようでリビングに「仕事に行きます。今日は無理をしないように」とメモが残されていた。
優しいとこあるんだよなあ・・・と昨夜の事を思い出す。
不安な気持ちを抱えて眠りにつこうとする美沙をかばう様に差し出された腕。
すがるように隆史の腕に身を委ねながら見上げると、
もう限界だったのだろう、すでに寝息を立てながら夢の国の人となっていた。
その腕を引っ張る様に自分の胸に抱きしめて背中を隆史の身体にぴったりと押し付けながら眠りについた。
「体中痛いよ・・・」時々美沙が呻いてもピクリともしない腕ではあったけれど。

ゆっくりと掃除機を掛けながら、擦りガラスのお皿に置いた銀のピアスに目が行く。
掃除が終わったら出かけたい様な陽気だけれど、右の膝下と右腕、それに肩も打ったようで動く度に体中が悲鳴を上げる。
そして昨夜は全く気が付かなかったけれど、おでこと顎にも赤く擦り傷が出来ていた。
掃除を終え、暫く居間で横になっていたが、どうにも落ち着かない。
本当にあの子は大丈夫だろうか、自分の今の現状と比較してみても少女の事が気にかかって仕方がない。
美沙は何とかジーンズとTシャツに着替えると、スニーカーを履き、痛む体を庇う様にのろのろと家を出た。
バスにしようか自転車にしようか少し迷ったが、待ち時間の必要のない自転車でゆっくり向かうことにした。
昨夜は暗くて気も動転していたが、家は割合い近い筈だ。
by _kyo_kyo | 2012-08-06 03:26 | 小説 | Comments(0)

夢見るダイヤモンド 15-3

少女を無事送り届け、帰宅後開口一番「相手に大事が無くて良かったね」
労わるような隆史の言葉が有難かった。
「うん。今日はごめんね、助かったわ」

隆史へは大体の経緯は車の中で説明していたし、先方の両親への説明でも納得した様子だった。
少女の怪我も大したことは無かったし、何かあったら連絡を下さいと言って連絡先を告げたのだが『娘も前方不注意ですから。それよりそちらのお怪我こそ大丈夫ですか』と逆に少女の母親に労わられてしまった。
「優しいご両親で良かった」美沙の言葉に隆史も「うんうん」と頷く。
「それよりひどい擦り傷だけど、骨とか大丈夫なの」美沙の様子を心配そうに見ている。
「痛いよぉ。でも動けるから骨には異常無いと思う。ただ明日になったら体中紫色に腫れそうだなあ」
「まあ、湿布して暫くは大人しくしとくんだな」と言うと「これに懲りたら夜に怒って家から飛び出さないこと」と釘を刺されてしまった。
その晩は久しぶりに隆史の腕枕で、痛みをこらえてしがみつく様にしているうちに、気を失うようにぐっすりと眠っていった。
by _kyo_kyo | 2011-12-01 05:03 | 小説 | Comments(0)

夢見るダイヤモンド 15-2

気が付くと、もうどれだけ歩いていたのだろう。頬の涙もすっかり乾き、隆史への怒りも風船がしぼむ様に消えていた。切りっっぱなしの携帯の電源をオンにしたが掛けるきっかけがつかめない。それでも、もうそろそろ引き返そうかと立ち止まり振り返った瞬間だった。

「うわっ」叫び声と同時に後ろから走ってきた自転車と正面からぶつかってしまった。
衝突の勢いでお互いはじけ飛ぶ様に倒れる。『痛っ・・・!』涙が出そうなほど足と腕が痛くて、一瞬あまりの痛みに声も出ず、立ち上がる事も出来ない。
それでも何とか顔を上げてぶつかった相手を確認すると慌てて相手に駆け寄って行った。
「大丈夫」相手が子供だったので自分の痛みなど吹っ飛んでしまったのだ。

「ごめんなさい」おかっぱ髪の少女は小学5、6年生位だろうか、蹲った膝小僧から血が出て痛みに顔を歪めながら謝っている。
「ごめんはこっちだから。ぼんやりしてて本当にごめん、足怪我してるね、他に痛いところは無い、立てそう、家はこの近く?」
美沙の問いにも首を横に振り、大丈夫だからとびっこを引きながら歩き出そうとする。「こんな時間に帰宅途中だったの」そう聞いてから自転車カゴの算盤塾のバックに気が付いた。
「塾から帰るところだったのね」頷く少女に「ちょっと待ってて、家まで送るわ。こんな時間だし、怪我させてこっちが心配だからね」

そう言いながら躊躇うこと無く隆史の携帯に掛けると、最初少し不機嫌そうに出た隆史だったが、事情を説明した途端、大至急で車で駆けつけて来てくれた。
二人の怪我の状況をざっと一瞥するや「自転車はそのまま鍵を掛けて道の端に寄せておけば良いから、二人とも早く乗って」
そう言うと美沙にカゴの中のカバンを手渡し、少女に自宅まで送って行くから道案内を頼むと告げた。
by _kyo_kyo | 2011-11-20 15:57 | 小説 | Comments(0)